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映画「怒り」について語った李相日監督(右)と妻夫木聡さん
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映画「怒り」について語った李相日監督(右)と妻夫木聡さん

怒り:李相日監督×妻夫木聡 ゲイの優馬役「生っぽく演じてくれると思った」

 映画「悪人」(2010年)の原作者・吉田修一さんと李相日(リ・サンイル)監督が再びタッグを組んだ「怒り」が17日に公開された。李監督と出演者の一人である妻夫木聡さんが映画について振り返った。李監督作品に妻夫木さんが出演するのは「69 sixty nine」(2004年)、「悪人」に続いて3作目。2人の“仲良しぶり”が伝わる対談となった。

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 ◇3カ所で素性の知れない3人の男が現れるミステリー

 映画「怒り」は、1年前に起きた殺人事件の犯人が逃亡を続ける中、千葉、東京、沖縄に現れた、素性の知れない3人の若者と、彼らを愛し始めた人々を巡るミステリーで、渡辺謙さんをはじめ、森山未來さん、松山ケンイチさん、綾野剛さん、広瀬すずさん、さらに宮崎あおいさん、妻夫木さんらが出演している。妻夫木さんは、綾野さん演じる無職の男、大西直人と東京・新宿で出会う大手通信会社勤務のサラリーマン、藤田優馬を演じている。

 ◇「優馬の歴史を作っていった」(妻夫木)

 ――優馬はゲイという設定です。撮影前からトレーニングで筋肉をつけたり、新宿2丁目に通ったりして役作りをしたそうですが、実際演じてみて、ご自身、新たな発見はありましたか。

 妻夫木さん:発見かどうかは分からないですけれど、単純に、本当に(綾野さん演じる)直人という人物を僕自身が愛せて、その世界の方に向けていけたので、ゲイってどういうものかと考えなくて済んだのはよかったですね。

 ――直人を自然に愛せたのはなぜでしょう。

 妻夫木さん:ゲイの人たちと一緒に時間を過ごす中で、優馬の歴史を作っていったというか……。ゲイだからって、どういう愛し方をするとか、特にないと思うんですよね。子供も作れないし、結婚というのも、今の日本ではまだ難しい。お互いの信頼のもとに関係が成り立っている。その一方で、多分、心が通じ合う人に巡り合う可能性が、男女間より低い気がするんです。そういう人と出会えると思っていないし、あきらめるところから始まっている。そういう意味で、直人との関係は、純愛だと思います。

 ◇妻夫木さんの演技に「成長したなあ」(李監督)

 ――妻夫木さんから優馬役をやりたいとおっしゃったそうですが、李監督は、もともと妻夫木さんを優馬役にと考えていたのですか。

 李監督:彼が、優馬がいいと言ったのが先か、僕が、そう言ったのが先かは記憶がはっきりしないんですが、「怒り」を映画化するというときに、妻夫木君は、役がどうこうというのを超えて、いち早く参加したいと言ってくれたんです。

 妻夫木さん:ま、優馬がやりたかったんですけどね(笑い)。ほら、さすがに2度一緒で、3度目にまた呼んでくれるかどうか分からないじゃないですか。僕のことは、ある程度好きでいてくれているとは思いますけれど、呼んでくれなかったらいやだなあと思って。だから東宝さんには、どんな役でもいいとは言いましたけど、李監督に会ったら優馬がやりたいと言おうと思っていました。

 李監督:犯人役ではないなとは思っていましたが、“妻夫木聡”に優馬役をとなぜ考えたか。まずは、同性愛者であるという説得力を生み出せること。加えて、優馬は、人生においていろんなものを手にしている成功者なんです。でも一番大切なものを失っていく人でもある。その振れ幅を彼がどう演じるのかに興味が湧きました。それに、ゲイであるないにかかわらず、優馬のように自分にうそをいっぱい張り付けるということは誰にでもあることで、内面に宿るゆがみみたいなものを、本当に生っぽく演じてくれるのではないかという期待がありました。

 ――その期待に、妻夫木さんは見事に応えたわけですね。

 李監督:僕自身驚いたのは、「悪人」のときは、撮影が始まっても、まだどこか祐一(妻夫木さんの役名)の分からない部分があって、撮影しながらこうじゃない、ああだなと探していったんですが、今回は撮影のスタート時点で、すでに、目線一つとっても、匂いというか、その雰囲気が妻夫木君から立ち上がって優馬が完成されてきていたので、ちょっと驚いたというか、成長したなあと(笑い)。

 ◇スタッフ抜きでリハーサル

 ――撮影現場での李監督の“粘り”の演出は有名ですが、今回も粘られましたか。

 妻夫木さん:僕自身はそれほどないかな。ただ、パーティーのシーンは人数もたくさんいたし、タイミングとかいろんなものがあるので何回か撮りました。あとは、直人がぽそっという言葉って、あとですごく効いてくるんです。それがすごく難しいので、そこで粘ることは多かったかもしれないですね。僕としては、直人に寄り添えるよう優馬として全力でそばにいました。

 ――直人と初めて出会う発展場(男性の同性愛者の出会いの場)でのキスシーンもスムーズにいったのですか。

 妻夫木さん:確かに、時間がかかったシーンではありました。直人に対してどういう思いで「気取ってんじゃねえよ」と言ったんだろうとか、みんなで熟考しました。あそこは、リハーサル日を設けてやったんですよね。

 李監督:撮影の前日くらいに、あの場所を借りてね。

 妻夫木さん:スタッフは入れず、監督と(綾野さんと)3人で何回かやったんですけれど、うまくいかなくて。でも、1回全部切り捨ててやってみたら、ぱちっとはまった瞬間があったんです。ああいう場所で出会うから、こういうようなイメージ、みたいなことを、僕自身うっかり考えていたんでしょうね。そうではなくて、すごくシンプルに、出会っちゃったんだな、ああ、こういうことなんだって思ったら、そのあとのラーメン屋のシーンで、「うち来る?」って言えるわって、なんか腑(ふ)に落ちたんですよね。

 ◇親族に見えた共演者

 ――三つの物語が交わることなく進んでいきます。撮影は、東京、沖縄、千葉の順に行ったようですが、整合性が取れなくなることは心配しませんでしたか。

 李監督:三つで一つの物語を彩るというのは最初からのコンセプトです。一見無関係な3カ所は、“信頼”を巡ってつながっていきます。例えば、誰かに対し、疑いの芽が出てきたとき、東京の感情が千葉に波及しているように見えたり、お互いが刺激し合って、疑惑を増幅し合ったり、そういうつながり方なんです。だから撮影時には、どうしたら感情をリレーしていけるかということを、芝居を見ながら温度を探っていくんですが、それは僕が勝手に思っていればいいだけで、たぶん俳優さんが意識するとだめなんです。あくまで、目の前にいる相手に対して、信頼していく過程や、疑いに落ちてしまう瞬間を丁寧にとらえていくだけでいい。

 妻夫木さん:そうなんだ。それこそ、毎日のように(東京、千葉、沖縄と)撮影を交互にやっていたら、それは撮れるような気がするんです。でも、今回はそうじゃないから、“人種”が変わっているというか、違う作品に見えないのかとちょっと心配だったんですよね。でも、映画を見たら、全部同じ方向を向いていて、同じ人種なんですよ。きちんとつながって見えちゃう。あれはすごいバランスだなと思いましたね。だって、千葉をやっているとき、東京のことも覚えてなきゃいけないじゃないですか。それを心の中でキープする精神力は、結構しんどかったろうと思うんです。でも、あんまり考えてなかったんだ。

 李監督:確かに、この前のシーンの最後はどのサイズで終わっているんだっけ、とか、前のシーンがこうだから、次のカットはツーショットから入ろうか、とかそういうことは考えたよ。でも、キャラクターとか関係性とかは、1本の映画を撮るぐらいのつもりで一つずつやっていったに過ぎないんだよね。

 妻夫木さん:なんかね、映画を見ると、これは“身内”の話ですけど、みんなが親族っぽく見えるというか、出ている人たちに同じ血が通っている気がするんです。

 李監督:(渡辺)謙さんが“親戚のおじさん”なわけね(笑い)。

 妻夫木さん:謙さんも言っていたんですけれど、(撮影後の)打ち上げのとき、みんなそれぞれが、あっちチーム、こっちチームみたいに固まって、あんまり交わらないという感じがして、なんとなく終わっていたんです。で、初めて出来上がった作品を見て、あ、同じ作品だったんだ、仲間、仲間という気分になったんですよね(笑い)。

 李監督:見たあとに打ち上げすればよかったね(笑い)。

 ◇2人が考える「怒り」とは

 ――お2人は、「怒り」とは何だと思いますか。

 妻夫木さん:これです、とはっきり言えるんだったら、たぶん映画にはなっていないし、吉田さんも小説を書いていないかもしれないですけど、僕自身思うのは、針の穴で開けたような、小さな光さえも見えていなかった人たちが、ようやく、小さな灯(あかり)というか、希望みたいなものを見つけたと思うんです。その、見つけるためのきっかけではないかと思うんですよね。僕(優馬)自身も大切な人を失ったりするけど、人を愛することって、こんなに素晴らしいことなんだということに、たぶん気付けているんです。あの出来事があってから、見えている世界が変わっている気がするんです。ただの青空も、すごく奇麗な青空に見えるとか。そういう思いは、たぶん、観客の人にも見終わったあとに感じてもらえる気がするし、当たり前のことに当たり前で対処しない自分というものが、生まれているんじゃないかと思います。

 李監督:難しいですよね。僕自身、「怒り」って何なのかというのを追いかけることが、この映画にとって正しい道だとはあまり思わなかったんです。どちらかというと、怒りの裏側にある、誰にもある不安とかおそれとか、そういうものを丁寧に掘っていくというか。たぶん、不安やおそれがあるから、怒りという感情に身を任せてしまう犯人がいて、彼は、完全に悪意や憎悪の塊になってしまったことで、ああなってしまった。一方、優馬や愛子(宮崎さん)が怒りに身を委ねなくて済んだのは、怒りよりも、愛情とか、それこそ妻夫木君が言った、「小さな針で穴を開けたような」小さな希望とか、そちらに向かっていったから、(犯人とは)真逆の人生を行けた……僕はそういうふうにとらえています。

 <李相日監督のプロフィル>

 1974年生まれ、新潟県出身。大学卒業後、日本映画学校(現・日本映画大学)に入学。99年、卒業制作として監督した「青chong」が2000年のぴあフィルムフェスティバルでグランプリほか4部門を受賞。新藤兼人賞を受賞した03年「BORDER LINE」を経て、04年メジャー作品「69 sixty nine」の監督に抜てきされる。05年、「スクラップ・ヘブン」発表。06年の「フラガール」は日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞、10年の「悪人」はキネマ旬報ベストテン日本映画第1位になった。ほかに「許されざる者」(13年)がある。

 <妻夫木聡さんのプロフィル>

 1980年生まれ、福岡県出身。「ウォーターボーイズ」(2001年)で映画初主演。「悪人」(10年)では、第34回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、ブルーリボン賞主演男優賞など数々の賞を受賞。09年にはNHK大河ドラマ「天地人」で初主演。ほかの主な出演映画に「マイ・バック・ページ」(11年)、「東京家族」(13年)、「バンクーバーの朝日」(14年)、「家族はつらいよ」(16年)、「殿、利息でござる!」(16年)など。今後の出演作に「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」「愚行録」(ともに17年予定)がある。

 (インタビュー・文・撮影/りんたいこ)

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