写真集「浅香唯 40周年Next キセキ 軌跡×奇跡」を発売し取材に応じた浅香唯さん
昨年、デビュー40周年を迎えた浅香唯さんが、32年ぶりとなる写真集「浅香唯 40周年Next キセキ 軌跡×奇跡」(徳間書店)を7月29日に発売した。故郷・宮崎を舞台に、青島神社、高千穂神社をはじめとした、宮崎のパワースポットとも呼ばれる地を巡りながら撮影。56歳を迎え、「60代、70代のすてきな女性の仲間入りをしてみたい」と話す浅香さんに話を聞いた。
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「もう50代だから……とか、年齢的に少し後ろ向きな気持ちになっていた部分を払拭してもらえました。関係ないかなって思えるようになったんです」。
写真集の発売について聞くと、昨年、久しぶりに行ったというグラビア撮影を振り返って、こう語った浅香さん。このグラビア撮影が写真集発売のきっかけの一つになったという。
「グラビアのお話をいただいた時は、いやいや……と遠慮がちでしたが、50代は50代のすてきさが絶対にあるし、60代、70代になっても、すてきな女性はたくさんいる。私もその仲間入りをしてみたいと思って決めたんです。トライしてよかったと思うことの方が圧倒的に多かったですね」
中でもよかったこととして「ファンの方が喜んでくれた」とにっこり。
「グラビアで私もファンの方も盛り上がって。ファンの方たちが写真集を作ってほしいと声を上げてくれて現実化していきました。新しいファンの方も、歴史を一緒に歩んできたファンの方たちも、私の年齢は関係なかったみたい。気にしてるのは当の本人ばっかり……という感じでした」
そもそもグラビア撮影に挑んだのは、50代になって考え方が変わったからだという。
「20代、30代は大人の女性になっていく楽しみがあったんです。でも、50代になるときは『これから年を重ねていくだけになっちゃうのかな』と少し悲しいような、どうしよう……という気持ちがありました。
それに、ずっと“失敗しない人生”を歩みたいと思っていたので、なにかをジャッジする時にとても慎重にイエス・ノーを決めるタイプだったんです。
実際に50代になってみると、自分のこの先がある程度見えてきて、迷ったり、悩んだり、考えたりしながらも、『やらないよりやる方を選ぼう』と考え方が変わりました」
「大きな芽生え」になったのは、50歳を機に挑戦したRIZAP(ライザップ)でのボディーメイク。当時、約4カ月で8.8キロ減量し、ビフォーアフターの写真を公開したことが話題となった。
「昔だったら、絶対にやらなかったと思います。あのときは、自分の体形を公開したからには絶対に生まれ変わってやるという思いがあって、すごく変わることができました。それから今までやらなかったことも、前向きにやってみると新しい発見がいろいろあって、新しい世界ってまだまだあるんだなと喜びに変わっていきました」
さらに、「きれいでいることとか、シワが……とか、たるみが……とか、そういうことじゃないよねって思い始めて、気がラクになりました」と話す。
「外野は外見についていろいろ言うんです。そういう声には『そうだね』って返して、自分の中では『これが今の私ベスト』と自分をいちばん応援して好きでいてあげる。今は、すてきな人生の先輩方を見て勉強して、追いかけたいなと思っています」
今、「人生の先輩」として気になっている人は……と聞くと「私の母ですね」と即答。80代になった母は今も毎日プールで泳ぎ、プロ雀士でもある浅香さんの影響で3~4カ月ほど前から麻雀(マージャン)教室に通い始めたという。
「とにかくなんでも前向きにとらえる人。麻雀の勉強も『楽しくてしょうがない』って言っています。何歳だから覚えられないとか、そういう考えがないようです。
私が若い時は、母のすごさに気がつきませんでした。でも、自分が年齢を重ねて『疲れたな』『なにもしたくないな。全部投げ出してしまいたいな』と思うときが出てくるようになって、すごい人だなと思っています。きっと母にも、そういう時があったと思うんですけれど、表に出さず、上手に乗り越えてきている。
うらやましいですし、こんな人にならなきゃって思っています」
自身は2002年に結婚。娘は19歳になった。「私は普通のお母さんをやっているつもり」と芸能界の仕事は一切、家に持って帰らないようにしてきた。
「主人は私が何をしようが、絶対に理解してくれる人。仕事の相談もしなければ、仕事の話も一切しないんです。娘もその延長線上にいるので、仕事の話をするのは、私の仕事のことで娘が何かを言われるかもしれない、何かがあるかもしれないという時だけ。
昔、出演したテレビ番組とかも一切見せたことがないんです。主人が勝手に見せているのかなということはありましたが……(笑)。今の時代、私の仕事を知らないというわけにはいかないのかもしれませんが、彼女も大人なので、私が普通のお母さんとして子育てをしたいと思っていたことも、理解してくれているのかなと感じています」
今回の写真集は、娘を安心させるために見せてあげたいと言う。
「写真集というと一般的にセクシーなイメージがあると思うんですが、そうではないのよって。いつも、『ママ、可愛い』って褒めてくれるので見せがいもありますね。夫も楽しみに待っていてくれるだろうと思っています」
故郷の宮崎では、空の大きさ、広さ、青さを感じて「構えることなく、素直に自然な気持ちで撮影できた」と振り返る。子供のころからあるという宮崎市中心街の公園や、現地で出合ったレトロな喫茶店のほか、高千穂、青島神社などのパワースポットでも撮影した。
「かなりエネルギーが満ちていると思います。宮崎は神話の国でもあるので、パワースポットがたくさんあるんです。そのパワーをおすそわけしたいねという気持ちで撮影場所を選びました。高千穂は宮崎の中で、ぜひ行ってほしい場所の一つ。『なんか疲れちゃったな』という人には特におすすめです。青島神社でおみくじを引いたり、観光気分も味わって。一緒に旅行に行った思い出のスナップみたいに受け取ってもらってもいいなと思います」
東京都内でも撮影し、代表作の一つ「スケバン刑事」をほうふつさせるセーラー服姿も。
「すごく久しぶりですって言いたいところなんですけど(笑)、実はセーラー服は撮影や舞台で何度か着ています。学生時代の制服はセーラー服ではなかったので、着ていたのは『スケバン刑事』だけ。私の歴史の中では、外せない特別な衣装ですね」
タイトルは自分の歴史を振り返る「軌跡」と、感謝の思いを込めた「奇跡」、これからを表す「Next」を組み合わせた。
「小さな奇跡の積み重ねで、自分がこうやって存在しているということを改めて感じます。昨年、デビュー40周年を迎えて、これからまた新しい自分に出会うための第一歩としての写真集になりました」
今後について聞くと「何歳になっても、どんな状況であっても『今日一日、楽しかったな』と思える日々を過ごしたい」と話す。
「いつも買っているものが特売だったとか、それだけでもいいんです。小さくて、どうでもいいように思えることでも、ラッキーって感じられる日々を重ねていきたいですね。
もちろん、『きょうはムダな一日を過ごしたな』って思う日もあるんです。そんな日も、『何もしない日があるから、特別な日が生きてくるんだ』と“自分に都合のいいように考えて”日々を重ねていく。毎日が充実しているわけではないですし、本当にいい時に気づくための“あえてのダメな日”を作りました、みたいな気持ちで。
もし明日が来なかったとしても納得できる日を過ごそう、と思っていますが、まずは今日一日が楽しかったかを大事にしていきたいです」(三華音/毎日キレイ)
<プロフィール>
あさか・ゆい 1969年12月4日生まれ、宮崎県出身。1985年に芸能界デビュー。アイドルとして一躍人気を博し、数々のヒット曲をリリースするほか、ドラマ「スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇」に主演するなど幅広く活躍。現在も歌手・女優として精力的に活動を続け、昨年デビュー40周年を迎えた。故郷・宮崎県ではみやざき大使も務めている。9月19日にビルボードライブ横浜(横浜市中区)、26日にビルボードライブ大阪(大阪市北区)でライブを開催。チケットなどの詳細は会場のホームページに記載されている。
(三華音/毎日キレイ)
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