9月8日放送の「徹子の部屋」に出演したジュディ・オングさん=テレビ朝日提供
歌手のジュディ・オングさんが、9月8日放送の黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演。去年11月に99歳で亡くなった母親の思い出などを語った。
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母親は日本の女学校を卒業し、上品な日本語を話していた。「徹子さんの日本語を聞いていると母の日本語が聞こえてくる。うれしいです。涙出ちゃう、本当に」。母親はおしゃれに厳しかった。新幹線に乗る朝、気を抜いて、おしゃれに気を使っていなかったところ、母親に「あなたはどこに行くんですか」「皆さんちゃんとしてるでしょ。何であなたはちゃんとしないんですか」と追及されたため、着替えたことがある。
両親は晩年、台湾の施設に入った。「父が体を先に壊したものですから、一緒に施設に入っていました」。先に父親が亡くなった。「教訓として覚えたのは、両親の愛は無限で、両親といられる時間、母との時間は有限。だから、有限のこの時間は全部一つ一つが真珠のように大事に過ごさなきゃいけないと思って、一生懸命(施設に)通いました」
その後、入院して点滴を受ける母親のためにコンサートをした。1人部屋なので、どんな声を出してもいいと思って本気で歌った。スピーカーからカラオケを出し、「私は生の声で母に歌いました」。会場で観客が持つライトの光が波打つように見える様子など、舞台の上から見える光景を説明して歌うと、「(それが)見えているみたいな顔をしてくれた。だから、『あ、私はちゃんとコンサートをママにしてあげている』と思って、うれしかったです」と話した。「母は何かのインタビューで、ジュディは私の作品ですと(言った)。最後に作品らしくと思って歌いました」
36歳の時に卵巣嚢腫(のうしゅ)で入院、手術を受けた。「忙しかったのがずっと続いて、それで倒れちゃったんです」。卵巣が大きくなり、キャベツ大に。それをつぶし、中の液体を出して小さくして、体外に出したと医者に言われた。「病院にあんなに長く入ったことがなくて。実を言うと悔しかった」といい、「私の歌で番組のテーマが始まるのが一つ、もう一つは主役のドラマが決まっていた。それができなかったんです。テレビをつけると音楽は流れているけれど私はいない。テレビをつけるとあの役は私だったんだと思うと悔しくて、毎日が悔しかった」と振り返った。
しかし、医者に「おはよう」と声をかけられ、看護師には「熱がないといいわね。あ、ないわね。夕方もないといいわね」と笑顔を向けられた。医療従事者がカーテンをシャッと引いた音を聞き、「その時泣きました。感謝でした。父や母が毎日来てくれるじゃないですか。ファンの皆様からも千羽鶴とかいろいろいただいた。窓の外を見たら空が青いんです。私にはグレーにしか見えてなかったけれど、青いんだって(気づいて)また泣いて。元気になったら人の役に立てる人間になりたい、そう思いました」と明かした。
小さい頃から薬膳をよく食べていたが、病後は特に勧められた。母親に「今日はあなた疲れているから」と酒で煮た鶏にショウガなどが入った薬膳を「食べなさい」と言われたこともあるという。
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