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トーク番組「徹子の部屋」に出演した福山雅治さん=テレビ朝日提供
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トーク番組「徹子の部屋」に出演した福山雅治さん=テレビ朝日提供

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福山雅治:53歳で亡くなった父へ思い 長崎出身、被爆クスノキをながめて「思春期に心が落ち着いた」思い出も 「徹子の部屋」で

 シンガー・ソングライターで俳優の福山雅治さんが、9月9日午後1時放送の黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演。デビュー35年が過ぎ、57歳になった長崎出身の福山さんが、53歳で亡くなった父との思い出や、子どもの頃から親しんできた山王神社の被爆クスノキを題材に制作した楽曲「クスノキ-500年の風に吹かれて-」への思いを語った。

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 福山さんは黒柳さんの誕生日である8月9日に毎年メッセージを送っているという。「徹子さんの存在がある種、日本においての女性の自立の象徴であり、平和の象徴であるという思いが自分の中にあって、それと今年もお誕生日おめでとうございますという、二つの思いで」送っているといい、「勝手ながら長崎出身の自分が徹子さんの誕生日に連絡ができるということが平和の象徴であり、平和を感じる時間なのかなっていうふうにも思っています」と語る。

 爆心地から800メートルの距離で被爆したクスノキへの思いも語った。

 「熱線を受けて、もうこの木はもう死んだんだろうなって言われてたんですけれど、新芽が芽吹いてきて。いかにその人間の力というのは自然の前では無力なのか。人間の愚かしさと地球生命のたくましさっていうものを、僕はもう勝手ながら高校の頃からそのクスノキを見て感じていて」と話す。

  当時は、「思春期でしたから、ずっとイライラしてるんですよね」といい、「ロックミュージックとの出会いがあって、音楽をやっている時は没頭できて、自分のフラストレーションやいら立ちみたいなことを音楽にぶつけることができた。そんな中、学校帰りに山王神社に寄って、 あのクスノキを見て、なぜか心が落ち着いたんです。多分それは自分の存在の小ささを感じて、そのクスノキへの畏敬の念になってたんだと思います」と振り返る。

 がんを患い、53歳で亡くなった父の入院先もクスノキの近くだった。

 「母親は朝ご飯を作って、仕事に行って、病院に行って、僕と兄貴の夕飯を作りに帰ってきて、また病院に行って、泊まり込みで看病して。また朝戻ってきて、僕らのご飯を作ってっていう、それがまあ1年続いて」という姿を見ながら、「自分の無力さで逆にイライラしちゃって。何にも手がつけられない状態でしたね。勉強もしないし、友達とバンドばっかりやって遊んでいる。その中でギターであるとか、ロックミュージックというものが、自分の思いを受け止めてくれてたんだと思います」と回顧する。

 「父親の状況って過酷だな、母親も大変だなと思いながらも、比べるもんじゃないかもしれないですけど、大変なことは過去にこの長崎の街の歴史にもあって……」と長崎と両親への思いを重ねていたことを明かした。 

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