映画「罪の余白」で共演した内野聖陽さん(左)と吉本実憂さん
娘の死の真相を知ろうとする父親と、その鍵を握る女子高生との心理戦を描く映画「罪の余白」(大塚祐吉監督)が全国で公開中だ。原作は野性時代フロンティア文学賞を受賞した芦沢央(あしざわ・よう)さんのサスペンス小説で、高校のベランダから転落した娘の死を受け止められない行動心理学者の父親が、どうして死んだのかを調べ始め、娘のクラスメートで悪魔のような少女に振り回されていく。復讐(ふくしゅう)に燃える父親・安藤聡を演じた内野聖陽さんと、ずる賢く残忍で悪魔のようなモンスター女子高生・木場咲を演じた吉本実憂さんに話を聞いた。
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◇脚本を読んだ時点では役が未定だった
今作の脚本を初めて読んだとき、「娘の死の真相を探求していく父親が、悪魔的な女子高生と対峙(たいじ)していくという構図が面白く、どんどん父親が女子高生に翻弄(ほんろう)されていく物語の仕立てに興味が湧きました」と内野さんは振り返る。安藤というキャラクターについては「あまりやったことがないタイプの役というか、非常に繊細で線の細い感じの人物だったので、チャレンジしがいがあるなと思いました」とやりがいを感じたという。
一方、吉本さんは、「初めて脚本を読んだときは、まだ木場咲をやると決まっていなかった」と驚きの事実を打ち明け、「監督と1時間半ぐらい面接をしていろんな話をさせていただいて咲役が決まりました。咲をやると決まってから脚本を読んだときは、この役と向き合えるのかが不安でした」と当時の心境を語る。そうは言いながらも、「やったことがない役柄だったので、楽しみではありました」と闘志を燃やしたことを明かす。
◇弱さをキーワードに役作りに挑む
これまでは豪快で強い男というタイプの役を演じることが多かった内野さんだが、娘を亡くし復讐に燃えて暴走していく父親は、今までにない役柄だった。「誰にでも共感できる“弱いお父さん”ということを大事にし、骨太感や強い男というのを極力排除して、センシティブな感覚になれるように務めた」と役作りについて語る内野さん。役作りでは“弱い”ことをテーマにした中で、内野さんは「一番示唆を受けたのが、ウイスキー(が入ったグラス)を片手に担任の先生にクレームするシーン」と切り出し、「勇気にお酒が必要な人というのがすごくヒントになって、自分自身もそういうところがある」と納得したという。そして、「あのキャラクターを演じる上で、あのシーンが自分に足がかりを与えてくれた」と力を込める。
モンスター女子高生を演じる吉本さんは、「お芝居ってすごく大好きで常に楽しんでいたのですが、この役に関してはどこをどう楽しんでいいのか最初は分からなかった」と難役と向かい合うことに戸惑ったと話す。監督から「相手を傷つけるのを楽しみなさい」や「感情が入っていないと(相手が)怖くない」と言葉をかけてもらったことで吹っ切れたといい、吉本さんは「撮影前にリハーサルが1カ月あったのですが、そこでいろんな感情を出せるようになりました」と時間をかけて木場咲役を作り上げていったという。
2人の役作りの成果の一端を見られるのが、安藤と咲がコンビニ前で対峙するシーン。安藤が咲に手を上げてしまうのだが、内野さんは「(安藤は)娘のための復讐心や必要以上の恐怖感など、いろんなものが膨れ上がってしまっている状態。なおかつ本当の木場咲とは言葉も交わしていないから、あそこは恐怖の塊」と心情を説明し、「あのシーンにおいては、自分の中に膨れ上がった妄想がテーマでした」と振り返る。
そんな安藤に対して咲は「親子そろってつまんねえ」と言い放つのだが、吉本さんは「どういう言い方をしたら大人が女子高生を殴るまでの感情にいくのかというのは考えました」といい、その結果、「言った方がより怒るかなと思って『親子そろって』と付け足しました」と自身の考えをせりふに反映させたことを明かす。吉本さんの言葉を聞いていた内野さんは「相手の心を傷つけるのが彼女(咲)にとっての目的でしたでしょうから、まんまとしてやられました(笑い)」と笑顔を見せた。
◇世代・キャリアが異なる役者との共演に刺激
内野さんと吉本さんという世代もキャリアもかけ離れた2人の対決ぶりが見どころだが、若い世代の女優との共演について、内野さんは「キャリアを積んで見えなくなるものって、きっとあると思う」と話す。続けて「(芝居は)技術で勝負するのではなく、結局はハート対ハートだから、そういう意味では若い彼女たちが全身全霊で立ち向かっていくのが、見ていてすごく説得力があった」と感心し、「初めて会う人には不安感や恐怖感、猜疑(さいぎ)心とかいろんな妄想があって、彼女たちはそういうものを生々しく持っていると思うし、それはとても演技には大事だと思い出させてくれた部分はある」と刺激を受けたことを明かす。
神妙な面持ちでその話を聞いていた吉本さんは「一緒にお芝居をさせてもらえて、すごくうれしかったですし、本当にいろいろ勉強になりました」と内野さんとの共演を喜ぶ。そして、「芝居は感情が大切というのを分かってはいたのですが、台本を読んで頭で考えてしまう癖がある」と自己分析し、「(内野さんと)実際にお芝居をすることで、頭で分かるのではなくて心で感じさせてもらえました」と感謝する。吉本さんの発言を受けて内野さんは深くうなずき、「台本に書かれているのは設計図みたいなものであって、そこで一番求められているのは、吉本美優ちゃんであり、内野聖陽であり、人生も含めたその人自身で、それが生々しく出る瞬間が一番面白い」と持論を語り、「答えや正解はなくて、そのシチュエーションにぶち込んでもらうことが、役者には大事だなと思います」と力を込める。
◇多くの人の感想を聞きたい
咲というキャラクターについて、吉本さんは「唯一、『夢じゃなくて目標』というところは理解できたけど、ほかは『勝手に死ねば』とかも私は言ったことがないので、どういう感情で言っているのかが難しそうだと思いました」と語る。自身の周りに咲のような子がいたら?と聞くと、「関わらないです」と言って笑うが、「咲はクラスメートからすると憧れの存在なので、もし咲がクラスにいたらカッコいいなと思うかもしれないし、仲がいいグループにいたら、居場所を失いたくないからついていくかも」と一定の理解を示す。
追い込まれていく側を演じた内野さんだが、「咲はもしかしたら本当は悪ではなかったのかもしれない」と切り出し、「悪というレッテルを貼ってしまってはいるけれど、そこがこの映画の面白いところで、レッテルを貼ることで見えなくなるものがすごくたくさんあるという投げかけをしていると思う」と分析する。さらに、「人よりも少し心に欠落や飢えがあるのかもしれないけれど」と前置きをしつつ、「こちら側からすれば咲はモンスターに見えるけれど、ある意味、女優という夢を追い求める普通の女子高生っていう部分もある」と思いを巡らせる。
女子高生という、ある意味で閉鎖的な世界を描いている映画だが、「女子高生が何を考えてどう生きているのかというのは、はっきり言って未知のゾーン」と内野さんは切り出し、「この作品に限って言うのであれば、子供、特に女の子はそうなのかもしれないけれど、すごく小さな世界の中で逃げ場のないぐらい本気になって生きているというのを改めて感じた」といい、「子供たちに逃げ道はないのかなとか、社会というものはもっといろんなつながり合いがあるということを、もっと大人たちは示せないのかなとは感じました」と言葉を選びながら真摯(しんし)に語る。そして、「友達が欲しいがゆえに逃げ場がなくなるというのが、怖いなと思った」という。
咲をはじめとする女子高生たちと年齢が近い吉本さんは、「スクールカーストのようなものは見たことはなくて、それこそ映画やドラマの中の世界だと思っていました」と自身の体験を明かし、「木場咲を演じていたときは分からなかったのですが、完成したものを客観的に見たときに、大切な人と向き合うことの大切さというのを一番感じました」と今作の印象を語る。
今作を特にどういう人に見てほしいかと最後に尋ねると「どの世代に見てほしいというのはことさらないですが、年代や立場によってとらえ方は、さまざまだろうなと思う」と内野さんは話し、「実際に子供を持たれている方には、もしかしたらきついかもしれないですが、投げかける力というのはすごくあると思うので、それはきっと見れば感じ取れるはずだと思う。いろんな立場の方から感想を聞いてみたい」と手応えを感じているようだ。吉本さんも「恐怖とか復讐もあり、単純な言葉では説明できないのですが、友情だったり愛情だったり、いろんな感情が盛り込まれた作品だと思うので、いろんな方に見ていただきたいです」とメッセージを送った。映画は全国で公開中。
<内野聖陽さんのプロフィル>
1968年9月16日生まれ、神奈川県出身。92年、早稲田大学在学中に文学座研究所に入所し、93年に「街角」でドラマデビュー。96年、NHK連続テレビ小説「ふたりっ子」に出演し注目を浴びる。「(ハル)」(96年)で映画デビュー。97年~2011年文学座の座員に。演技派俳優として映画やテレビドラマ、舞台と幅広く活躍している。主な出演作に、NHK大河ドラマ「風林火山」、ドラマ「臨場」シリーズ、「JIN-仁-」シリーズ、「とんび」、映画「あかね空」(07年)、「悪夢のエレベーター」(09年)、「十三人の刺客」(10年)などがある。15年12月には主演映画「海難1890」の公開を控える。
<吉本実憂さんのプロフィル>
1996年12月28日生まれ、福岡県出身。2012年に第13回全日本国民的美少女コンテストにてグランプリを受賞。13年には同コンテスト出場メンバーとガールズユニット「X21」を結成しリーダーを務める。テレビCM「オレオ」「エアリアル」などに出演。14年に「獣医さん、事件ですよ」でテレビドラマデビューし、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で時代劇および大河ドラマ初出演を果たす。さらに「ゆめはるか」(14年)で映画初出演にして初主演を飾る。ドラマ「アイムホーム」「表参道高校合唱部!」に出演するなど注目の若手女優として活躍。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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