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浅田次郎さんの短編集「五郎治殿御始末」の中の一編を映画化した「柘榴(ざくろ)坂の仇討(あだうち)」(若松節朗監督)が、20日から公開される。江戸から明治に移り変わる時代の中で、「桜田門外の変」で主君・井伊直弼を守れず仇討を命じられた一人の武士と、ひっそりと身を潜めて暮らす仇(かたき)の13年間の生きざまを、中井貴一さんと阿部寛さんの2人が静かな情熱を携えた演技で見せている。
旧彦根藩の下級武士だった志村金吾(中井さん)は、安政7(1860)年の悪夢にいまだにうなされていた。金吾は、大老・井伊直弼(中村吉右衛門さん)の御駕籠(かご)回り近習(きんじゅう)役として仕えていた。季節はずれの雪が舞う3月。行列が桜田門外で水戸脱藩浪士らに襲われたとき、金吾は持ち場を離れていた。刺客の一人を追っていたのだ。両親は自害し、妻セツ(広末涼子さん)は酌婦に身をやつすも、金吾は切腹も許されず、生き残った仇を討つよう命じられる。しかし時代は明治に代わり、彦根藩もなくなり、侍は時代遅れとなった。最後の仇・佐橋十兵衛(阿部さん)は、名を変えて長屋でひっそりと暮らし、人力車夫となっていた。やがて13年の時を経て、2人は出会い……という展開。
13年前で時が止まってしまった2人の侍の重苦しい胸の内が、新時代になった明るい世の中とコントラストをなして、より一層見る者の胸をしめつける。恩師を守れなかった悔しさに、自害した両親や、苦労をかけている妻への思いも相まって、がんじがらめになっている金吾。その仇である十兵衛もまた、18人の刺客の中でたった一人生き残ってしまい、今を生きることができていない。宿敵同士は、同じ日に同じように心に傷を受けた者同士。時代に流されることなく、己の信念に従って生きる2人の誠実さに心打たれる。映画はどちらか一方に傾くことはなく、両者に感情移入できるように進んでいく。だからこそ、2人が対峙(たいじ)する場面では緊張感でビリビリする。雪の白と椿の赤が対照的な色彩を放ち、中井さんと阿部さんの研ぎ澄まされた芝居で、心情がこまやかに伝わる名シーンになった。人間国宝でもある歌舞伎役者・吉右衛門さんが19年ぶりに映画に出演しているのも話題。「沈まぬ太陽」の若松監督が手掛けた。丸の内ピカデリー(東京都千代田区)ほかで20日から公開。(キョーコ/フリーライター)
<プロフィル>
キョーコ=出版社・新聞社勤務後、映画紹介や人物インタビューを中心にライターとして活動中。趣味は散歩と街猫をなでること。最近の泣けた映画は「猿の惑星:新世紀 ライジング」。