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映画「エベレスト3D」(6日公開、バルタザール・コルマウクル監督)は、1996年に起きた実話を基にした山岳映画だ。ヒマラヤ山脈に位置する世界最高峰のエベレスト(標高8848メートル)の登頂に挑む登山家たちの姿を描いた。今作でジェイソン・クラークさんが演じるロブ・ホールが率いる登頂ツアーの参加者の一人、難波康子を演じているのが、英テレビシリーズ「秘密情報部トーチウッド」(2006~08年)のトシコ・サトウ役で知られる森尚子さんだ。英国で活動する森さんに、役作りや過酷だった撮影、さらに、実際に目にしたエベレストの魅力などを聞いた。
◇難波さんのひたむきさに魅了される
インタビューする部屋に現れた森さんは、「トーチウッド」でのトシコ・サトウとも、今作の難波康子役とも、印象が全く異なっていた。そう指摘すると、女優として「それはとてもいいことですね」と顔をほころばせる。
演じた難波さんは実在の人物で、国際輸送サービスの大手FedEXの社員で、47歳のときに山登りする際にはスポンサーを付けず、費用はすべて自分が稼いだお金で賄った。それまで7大陸の最高峰、いわゆる“セブンサミッツ”のうち、エベレストを除く6峰の登頂に成功。今回映画化された96年のツアーで、セブンサミッツ制覇を狙っていた。
そんな難波さんについて、森さんは「まったくの勘違いかもしれませんが」と断りながら、「スポンサーを付けたりもしていませんでしたし、本当にプライベートで、自分が好きな登山をコツコツとやっていらしたのでしょうね。そういうところがすてきだなと思いましたし、すごくカッコいいと感じましたね」と印象を語る。そして「あの環境に実際いると、まつげも髪の毛も凍っちゃうんです」と、ほぼすっぴんだったという撮影を振り返り、おそらく当時、現地でも同じだったであろう難波さんを思いながら、「でも、そういう質素なところが私は好きです」と共感を示す。
◇奇跡的な出会い
伝記もののテレビ映画(スペシャルドラマ)「LENNON NAKED ジョン・レノンの魂~アーティストへの脱皮~」(10年)でオノ・ヨーコさんを演じたときには、オノさんの過去の映像や資料などを調べ尽くした。オノさんは有名人だが、今回演じた難波さんは一般人。すでに他界されているため、ご本人に話を聞くこともできない。役作りの点では「本当に資料が少なくて困りました」と打ち明ける。資料が足りない分は「想像力を使うしかなかった」という。ただ、当時、一行をベースキャンプで支え、今作ではメインアドバイザーを務めた、サム・ワーシントンさんが演じているガイ・コターさんや、映画ではキーラ・ナイトレイさんが演じたロブ・ホールさんの妻、さらにエミリー・ワトソンさんが演じたベースキャンプのマネジャー、ヘレン・ウィルトンさんと話ができたことは「プラスになった」という。
「偶然とはいえ奇跡的な出会い」にも助けられた。今回の撮影地の一つで、ルクラとナムチェバザールの間にあるつり橋で、森さんが難波さんの名前入りのバックパックを背負い待機していた際、突然背後から「難波!」という女性の声が聞こえてきた。振り向くと、日本人の男女の登山客が驚いた表情で立っていた。2人は、生前の難波さんと知り合いで、「なぜあそこで難波さんの知人にお会いできたのだろうと、今、思い出しても鳥肌が立ちます。難波さんからのメッセージのようなものを感じましたね」としみじみ語る。
◇舌を巻いた監督、ジェイク、ジョシュの身体能力
森さんは今作に関わるまで、「ロッククライミングを趣味でやっていた」そうだが、山登りの経験はゼロ。ちょうど「何か大きなものに挑戦したい、何か大きなドカンとチャレンジするものがほしい」と思っていたところ、数カ月後に今作の台本が届き、難波役と出会った。クラークさんやジョシュ・ブローリンさん、さらにジェイク・ギレンホールさんら男性の俳優に交じっての演技。しかも、頂上まで行かずとも、実際、エベレストの標高5000メートル付近まで登り、そこで撮影する。「皆さんすごい方ばかりですし、ついて行けるかなとすごく緊張しました」と明かすが、撮影前、約2カ月かけて、ダンベルなどで重量を持たせたリュックサックを背負って歩き、長時間継続できるスタミナをつけていったという。
また高度に順応するためのリハーサルも行った。特殊な装置に入り、全員が体操をする傍らで、高度計が2000、3000メートルと上がっていく。当時風邪気味だった森さんは「7000メートルくらいでアウトしちゃった」そうだが、「さすが、(コルマウクル)監督とジェイク、ジョシュは8000メートルぐらいまで行っていました」と舌を巻く。
◇雪の中で耐えた14時間
そうして挑んだ撮影。森さんによると、コルマウクル監督はリアリティーを重視し、「演技は絶対するなというタイプ」で、お陰で1月の寒い最中、気温マイナス28度、顔に容赦なく雪が吹きかかる中、14時間、雪に埋まるという過酷な体験も強いられた。さすがに昼食時には出してもらえたそうだが、「雪って溶けると(その後)凍るんです」。そのため、スタッフが6人がかりで氷を金づちで割り、引っ張り出してもらったという。
雪崩も頻繁に起こり、セットが流されたこともあった。そんな「つらい、大変」な撮影を振り返りながら森さんは、「でも、(荷物運搬や案内役の)シェルパさんはすごいんですよ。重さ百何十キロもある荷物を抱えて登っていらっしゃる。それもニコニコしながら。本当に素晴らしいです。シェルパさんたちがいなかったら、エベレストは登頂できないし、この映画もできませんでしたね」と、影の立役者を称えた。
◇14歳でロンドン独り暮らし
森さんは父親の仕事の関係で、幼い頃から米国や英国での生活を経験。14歳のとき、両親は日本に帰国したが、当時から女優を志していた森さんは、一人でロンドンに残った。父親から「自立しなさい。自分でしっかりとやっていける方向に(進みなさい)と教育されてきた」ことが背景にある。
森さんはこれまでの道のりを「つらいこともあったけれど、それはそれで結構、私も淡々とやってきた気がします。もしかしたら(つらいことは)記憶からなくなっているだけかもしれませんが(笑い)」と笑顔で振り返る。そして、男性に交じって、女性としてたった一人エベレスト登頂に挑んだ難波さんに「確かに共感できる部分はあります」としながら、「私はその程度で、山には登っていないので難波さんとは比べようもありませんが、本当にラッキーなことに、なんとかここまで来られた感じなんです。かえって、あちら(海外の生活)が長いので、日本に来たとき緊張しちゃったりね。山手線ってどこだっけと分かんなくなっちゃって、聞くのも恥ずかしいし」と照れ笑いを浮かべる。
◇エベレストを登って見えてきたもの
山登りをする人に、人は尋ねる、なぜ山に登るのかと。森さんも同様のことを、コターさんに尋ねたという。「そうしたら一言、登らなきゃ分からないよ、と。行ってみたら分かるよ、と」言われたという。そのときは半信半疑だったそうだが、今回、実際にエベレストを目の当たりにし、「さすがにちょっとは分かりましたね。すごいんですよ、パワーが。美しいだけではなく、なんといいますか、マグネット(磁力)というか、何かが出ている感じがするんです」と表現する。そのパワーを感じ、「涙が出ちゃった」という森さん。そして、「ああいった大自然や環境に置かれると、自分と向き合えるというか、自分というものが分かるというか。山に登って、本当に人間ってちっぽけなんだなということを感じると同時に、自分との戦いでもあると思いました」と感じ入っていた。映画は6日から全国で公開中。
<プロフィル>
愛知県出身。父の転勤に伴い4歳で渡米。10歳で日本に帰国し、12歳とき英ロンドンへ。2年後、両親が帰国後も女優を目指し単身ロンドンに残る。劇団「ナショナル・ユース・ミュージック・シアター」に入り、演技について学ぶ。17歳のときウエストエンドで上演されたミュージカル「ミス・サイゴン」の主人公キム役に抜てき。その後、映画「スパイス・ザ・ムービー」(1997年)やテレビドラマ「ドクター・フー」(2005年)、「秘密情報部トーチウッド」(06~08年)などに出演。ほかの出演作に、ドキュメンタリードラマ「ヒロシマ」(05年)、伝記ドラマ「LENNON NAKED ジョン・レノンの魂~アーティストへの脱皮」(10年)、舞台ではウエストエンド公演「アベニューQ」、日本公演「ヘアー」などがある。
(インタビュー・文・撮影/りんたいこ)