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俳優の綾野剛さんが悪徳刑事に扮した映画「日本で一番悪い奴ら」が25日に公開された。北海道警察で実際にあった“日本警察史上最大の不祥事”について、モデルとなった道警の実在の刑事の手記「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」を基に、映画「凶悪」(2013年)の白石和彌監督が映画化した。白石監督と綾野さんに話を聞いた。
◇「役が独り歩きするのは最大の演出」(白石監督)
映画は、やらせ逮捕、拳銃購入、果ては覚醒剤の密売まで、“点数稼ぎ”のためにあらゆる悪事に手を汚した北海道警察本部の刑事、諸星要一の、狂気と波乱に満ちた四半世紀を描いている。諸星を演じたのが綾野さんだ。
「これは諸星の話ですから、僕の思いというより、むしろどのタイミングで綾野君が(役に)入り切ってくれて、この役が独り歩きしてくれるかということが、最大の演出だろうとずっと思っていました」と語る白石監督。その思いに応えるように綾野さんは、撮影の初日、2日目くらいから、カメラが回り始めた瞬間、「完全に諸星になっていた」という。白石監督は「綾野君がやることが諸星のやること」を念頭に、多少の提案をしつつ、「一事が万事、(綾野さんと)セッションしている感覚」で演出していったという。
その白石監督の言葉に、「個人的には、ほぼ監督のアイデアで諸星は形成されていたと思っています」と応じる綾野さん。綾野さん自身は、「監督が一番楽しむ姿を見たい」と思いながら演じていたといい、白石監督が出したアイデアの方が「圧倒的に面白かった」とか。例えば、捜査費が底をつき、拳銃が買えなくなった場面について、「あそこのシーンは、重くも全然できたんですよ。ところが監督は、『じゃあ、皆さんが高校球児になって、甲子園を目指そうよ!という感じでお願いします』と。俺、もう、そこで大爆笑で……」と思い出し笑い。しかし、「特別なことを普通にする」からこそ、「よく見たら、すげえ、じわじわくる」場面になったと、白石監督の演出をたたえる。
◇「楽しい映画にしたかった」(白石監督)
実は、白石監督は、「しようと思えば、『凶悪』のように陰惨な方向にも振れる映画だった」と打ち明ける。しかしそうはせず、「楽しい映画にしたかった」のには、こんな思いがある。「お客さんは映画を見ながらはっとどこかで気付くと思うんです。普通に(映画は)始まったのに、(思っていたのとは)全然違うところに(諸星が)いるって。おそらく、稲葉さん自身も、時間をおいてみないと、自分をじっくり見られなかったと思うんです」と、原作者、稲葉圭昭さんの心中を推しはかる。
その上で、「それを俯瞰して見られるのが映画。(諸星は)たまたま罪を犯してしまったからあんなふうになっていますけど、どの人もたぶん、自分が思ってもいなかったところに立っていると気付く瞬間ってあると思うんです。そういうことの連続が、人生かなと思うんです」と、根底に潜むテーマに言及する。
◇「警官刺す夢を2度も見た」(綾野さん)
演じる瞬間は、「全力を出し切っている」「一切、手を抜いていない」と力を込める綾野さんだが、役作りには、「使えるものはなんでも使います。例えば、酔っぱらっているシーンだったら、本当にお酒を入れて酔っている重さを持ちたい」と話す。今回の役作りでは、もちろん、稲葉さん本人から直接話を聞いた。綾野さんいわく稲葉さんは、「諸星とは対極にあって、この人、怒るのかな、怒鳴るのかなと思うくらい、静かにお話しされる方。声ももっと低い」と表現する。
しかし、そこにあえて自分を近づけようとはしなかった。稲葉さんの、「僕、血管が出ないんで、クスリは足に打ってください」という助言は生かしたが、髪形や仕草も無理に似せようとはせず、会った時に感じた稲葉さんの「色気」と、考え方が「一貫していること」を、「綾野剛という“母体”として体にしみ込ませて、あとは台本にある諸星という人物を監督と作って行きました」と話す。
その結果、今回の撮影期間中には、「俺、(諸星が)夕張に飛ばされることが台本で分かっているのに、めちゃめちゃショックだったんです。ほんとショックで、これっぽっちも面白くなれなかった」。はては睡眠中に、「諸星になった自分が警察官を刺して逃げようとするけど、体が重た過ぎて全然動けない」、そんな夢まで見たという。しかも2度も。「だからきつかったですよ。目を覚まして、『よかった、夢だ』と安堵(あんど)しましたから」と打ち明ける。
◇「ヒアルロン酸」で自分の本気度をアピール
今ではすっかり白石監督と打ち解けた様子の綾野さんだが、最初の顔合わせのときはかなり緊張したという。そのときのことを白石監督は「綾野君が、最初に『やります!』って言ってくれて、じゃあ、食事でもしながら1回、作戦会議をしようと場を持ったときに、諸星って、(柔道をやっていたせいで)耳が餃子みたいになってるじゃないですか。で、(綾野さんの)一言めが、『知り合いに医者がいて、ヒアルロン酸を打ったらこうなるらしいんですよ』だったんです。そのとき、この人、何言ってるんだろうと思った」と笑いながら語る。
当の綾野さんは、「勝手に、『凶悪』を撮っている監督……というのがあって、自分はどこまでも全力でいけますというのをプレゼンしたんです。そうしたら、監督が笑いながら、『いやいや、特殊メークだよ』とおっしゃって……」と照れながら頭をかく。しかしそのとき、「この普通さだ。ここに行こう、監督に近づきたい」と思うと同時に、「本当って面白くないよねと言われているような気がして、そうか、そもそも台本という虚構があって、俺たちはうそをやっているけれど、それが見ている人たちに本当になって届けばいいんだ」と吹っ切れたという。
かくして完成した今作は、一人の刑事の、波乱に富んた四半世紀を描いた犯罪映画ではあるが、普通に生きる我々にも通じるものが流れている作品になった。白石監督は、「普通、マル暴(暴力犯係)で優秀な人でも、(押収する拳銃は)生涯、5丁とかそんなものなのに、(諸星は)100丁も挙げるって、とんでもない熱量で生きているわけですよ。その彼が、一人一人と出会って、その全員と見事に別れていく。みんな、出会った瞬間、にこにこ輝いているんだよね。その感じが、綾野君は『人間賛歌』と言ってくれているんだけれど、素晴らしいことだし、その後、陰惨なことが起こると分かっていても、人生ってそういうものかなと思うんです」と指摘する。その上で「今は、報道だったり、世の中だったりが一面的な見方しかできなくなっている。決してそうじゃないということを表しているのが、この映画かなと思うんですよね」と力を込めた。映画は25日から全国で公開中。
<白石和彌監督のプロフィル>
1974年生まれ、北海道出身。95年、中村幻児監督主催の映画塾に参加。以降、若松孝二監督に指示し、「明日なき街角」(97年)、「完全なる飼育 赤い殺意」(2004年)、「17歳の風景 少年は何を見たのか」(05年)などに助監督として参加。行定勲監督、犬童一心監督の作品にも参加した。「ロストパラダイス・イン・トーキョー」(10年)で長編監督デビュー。「凶悪」(13年)が高く評価された。動画配信サービスNetflixによるオリジナルドラマ「火花」(全10話/16年)の2エピソードでも演出を務めている。初めてはまったポップカルチャーは、小学校のときにはやったゲーム「ドラゴンクエスト」。
<綾野剛さんプロフィル>
1982年生まれ、岐阜県出身。2003年に俳優デビュー。テレビドラマ「Mother」(10年)、連続テレビ小説「カーネーション」(11年)で人気を博す。その後もドラマ、映画に多数出演。最近出演した映画の代表作に「横道世之介」「夏の終り」(共に12年)、「そこのみにて光輝く」(13年)、「新宿スワン」(14年)、「リップヴァンウィンクルの花嫁」「64-ロクヨンー」(共に16年)などがある。「怒り」が9月に公開予定。初めてはまったポップカルチャーは、ゲームの「ファイナルファンタジー」を挙げた。
(インタビュー・文・撮影/りんたいこ)