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第一線で活躍する著名人の「30歳のころ」から、生きるヒントを探します。第4回は映画監督の河瀬直美さん。当時の思い出や、アラサー時代をより輝かせるためのアドバイス、公開中の映画「再会の奈良」などについて聞きました。(全3回、編集・取材・文/NAOMI YUMIYAMA)
国際的な映画監督として活躍している河瀬さん。奈良出身で、生まれた時にはすでに両親は離婚し、母方の大叔母夫妻に育てられた。高校時代はバスケットボールに打ち込み、奈良県選抜の国体メンバーとして活躍した後、映画制作の道へ。当時は、「監督を目指すクラスは40人で、女性は2人。いばらの道をかきわけて、道なき道をいく時代でした。自分が女性だと意識したこともなかったですね」と、映画作りに没頭した日々を振り返る。
◇カンヌ映画祭で受賞後、生活が激変 自分を見失う日々
1997年、27歳のとき、「何者でもなかった少女」は、世界の華やかなひのき舞台に躍り出た。初の長編映画「萌(もえ)の朱雀」が、カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)を受賞したのだ。授賞式では、女性が受賞するのは画期的だと、フランスの広報部の女性たちが感動し、喜んでくれた。
「映画祭の歴史の中で、それまで女性が受賞したのはジェーン・カンピオン(「ピアノ・レッスン」1993年)だけだった。映画界は男社会なんです。“シンデレラ・ストーリー”とも言われましたが、当時は女性がキャリアをのばすより、結婚して子供を産むことを良しとする時代。私自身もそんなプレッシャーを感じていました」と、心情を明かす。
一躍メディアの寵児(ちょうじ)となった彼女は、奈良から東京に拠点を移した。翌年、プロデューサーの男性と結婚するが、連日、新しい仕事のオファーが殺到し、多忙な日々の中で外食ばかりの生活が続いたという。
「だんだん体調をくずしていきましたね。食べ物も簡単に口に入れられるものや栄養補助食品のようなものが続いて。忙しい日々の中、自分は何をしているんだろうと思いました。肩こりや頭痛もひどくなる一方で……」
表現者として生きてきた自分はどこにあるのか。ちょうどそのころ、養母の介護問題にも直面してさらに悩みは深くなり、奈良に戻りたい気持ちを募らせたという。
「あたりまえにあった山がない。月も見えない。ベランダで花も育てるけどまったく奈良とは違う。いくら高級なマンションで暮らしても、それが自分が落ち着く場所ではないと気づいたんです」
受賞から3年後、河瀬さんは夫と離婚し、生まれ育った故郷・奈良に戻った。
◇理想の自分を捨て、自然体でいられる場所で感動を作る
「なんでもできると思っていた20代から、どうしてもできないこともあると悟った30代になった気がします。30歳のころは挫折して、あがいていました」と、河瀬さんは語る。
「両親が離婚していたので、自分は離婚は絶対にしないと決めていたんです。だから、結婚に失敗した自分はダメな人間だと思ってしまいました。婚姻時の名前で映画も小説も出していたので、それを見るたびに落ち込んで……。だから奈良に戻った当時は、仕事をたくさん入れました。落ち込んでいるひまもないぐらい、とにかく仕事を頑張ろうと」
そのころ、めぐりあった男性と結婚し、子供を出産。監督として活動にまい進する中、養母の介護と子育てが重なったときは「人生で一番大変」だったが、無垢(むく)な子供に新たな学びをもらえた。食生活も改善され、東京にいたころと違い、自分の表情が次第に柔らかくなっていくのを感じたという。
「ゆっくりと時間をかけて自分を取り戻した気がします。もう自然のままでいいやと思った。今思うと東京にいたころは、私は“こうあらねばならない”という思いが、自分をがんじがらめにしていたんですね。あのとき、そんな環境をぐっと変えたことは良かったなと思います」
2007年、「殯(もがり)の森」はカンヌ国際映画祭でグランプリ(審査員特別賞)を受賞した。以降、映画「2つ目の窓」「あん」「光」「朝が来る」などの名作を生み続け、奈良から世界へ感動を発信している。
◇プロフィル
かわせ・なおみ 映画作家。生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続け、一貫したリアリティーの追求は、カンヌ映画祭をはじめ、国内外で高い評価を受ける。映画監督のほか、東京2020オリンピック公式映画総監督、2025年大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー兼シニアアドバイザー、バスケットボール女子日本リーグ会長、ユネスコ親善大使を務める。プライベートでは野菜や米も作る1児の母。
*……「再会の奈良」▽監督:ポンフェイ▽エグゼクティブプロデューサー:河瀬直美、ジャ・ジャンクー▽出演:國村隼、ウー・イエンシュー、イン・ズー、秋山真太郎、永瀬正敏▽2月4日からシネスイッチ銀座ほかで全国公開
*……河瀬さんの「瀬」は旧字体が正式表記。次回は河瀬さんにアラサーへのアドバイスを聞く。2月15日掲載予定