第一線で活躍する著名人の「30歳のころ」から、生きるヒントを探します。今回は俳優の筒井真理子さん。当時の思い出や、30歳をより輝かせるためのアドバイス、5月26日から公開される映画「波紋」(荻上直子監督)などについて聞きました。(全3回の1回目、編集・取材・文/NAOMI YUMIYAMA)
◇劇団「第三舞台」で活躍していた20代 アラサーで外部の世界に
「30代のころは、歯ぎしりしていました」。そう言ってチャーミングな微笑を浮かべた、筒井さん。海外映画祭で絶賛されるなど、演技派俳優として躍進を続けている。
山梨で生まれ、4人兄弟姉妹の三女として成長した。自身の性格を「極端なほど真面目」と分析する筒井さんの人生の転機は、早稲田大学在学中。1980年代に小劇場ブームを巻き起こした劇団「第三舞台」との出会いだった。
「子供時代は2番目の姉が芝居好きだったので、部屋に寺山修司のポスターが貼ってあったり、東京に舞台を見に行ったりしていました。でも、私が役者になりたいと思ったことはなかったんです。それが大学で第三舞台の旗揚げ公演を見て、衝動的に楽屋におしかけ、『すみません、私も入れてください』って。今考えたら本番中の楽屋なんて聖域なのに、よくあんなことをしたと思います。でもそのときはまだ、ここに入ったら面白いんじゃないかくらいの気持ちでした」
その後、劇団の新人公演で通行人の役を演じたことで、演劇の魅力に目覚めた。
「精神的にすごくつらい時期だったんです。でも、ニコニコと手を振るだけの役が与えられて、笑顔でいるだけでその瞬間はつらいことを忘れていられたんです。イギリスの学校の授業では子供たちが『演劇』を選択できることもあるそうですが、自分と違う他人になるって、こんなに心を解放できるんだって思いましたね。“芝居がいいな”と思った瞬間でした」
それから「第三舞台」の人気女優として多くの舞台に立った。だがアラサーのころ劇団が解散し、外部の世界で活動を始めると、そこに予期せぬ壁を感じた。
◇一つ一つ目の前のことを 明石家さんまの言葉を思い出して
「今ならデビューは30代でも40代でも可能です。でもあの時代はそうじゃなかったですね」と筒井さんは語る。「年齢を重ねた女優に対して、今よりずっと閉鎖的でした。30代の頃の私は不安でした」
仕事以外に、プライベートでも悩んだ末、2年間、仕事を離れることに。それでも役者を続けることを決めた理由を、筒井さんはこう明かす。
「やっぱり、芝居が大好きだったんですよね。演じることはもちろん、役を与えられて、丁寧に調べ上げ、作り上げる作業がすごく楽しいんです。茂木健一郎さんの『アハ体験』です。役を生きて、これだって思うことができた瞬間、自分の小さな器がほんの少しですが広がっていくような感覚があるんです。だから、やめられませんでした。そんな自分が、一つ一つ目の前のことをやればいいんだと思うようになったのは、30代後半です。いろんな失敗をしてあがいた結果、そんな気持ちになれたんです」
当時は、偶然知った明石家さんまさんの言葉にも勇気づけられたという。
「さんまさんが若い芸人さんに、“本当に面白ければいつか絶対に売れる”って言っていたと聞いたんです。私も芝居を本気で面白がって目の前の仕事に取り組めば、目指すところにつながっていけるんじゃないかって。とても気持ちが楽になりました」
2016年、筒井さんは映画「淵に立つ」(深田晃司監督)で、海外の映画祭で脚光を浴び、2019年の「よこがお」(深田晃司監督)では数々の主演女優賞に輝いた。
「時代はどんどん変わっていきます。これからも自分にしかできない道を歩んでいきたいですね」
<プロフィル>
つつい・まりこ 早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」で初舞台。第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した「淵に立つ」(深田晃司監督)の演技力が評価され、複数の映画祭で主演女優賞に輝いた。主演作品「よこがお」(深田晃司監督)で芸術選奨映画部門文部科学大臣賞受賞。