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4月21日放送の「徹子の部屋」に出演した池畑慎之介さん=テレビ朝日提供
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4月21日放送の「徹子の部屋」に出演した池畑慎之介さん=テレビ朝日提供

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池畑慎之介:「あて、悪いけど国宝でっせ」と父 母は「自分の思ったように生きていきなさい」 「徹子の部屋」で

 俳優の池畑慎之介さんが、4月21日放送の黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演。日本舞踊の家元で人間国宝だった父親や、いつも背中を押してくれた母親の思い出などを語った。

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 幼稚園や保育園に行く時期に父親から「あんさんは、あての後継ぐねんから保育園とかそんなとこ行かんでよろし」と言われ、行っていない。「ずっとお稽古(けいこ)をさせられていた」と振り返った。5歳の時に両親は離婚、のちに復縁して再婚するが、「学校も変わんなきゃいけないし、大阪のど真ん中の繁華街から鹿児島に行って」大変だったと話した。

 父親と踊りの稽古をしている時は「師匠と弟子」という感覚しかなかった。その辺りは明確に線を引く人だったが、稽古が終わり、「ご飯を食べたら急にお父ちゃん」に戻った。熱海の家に両親らが来た時、離婚した当時を「寂しい思いをした」などと言ったところ、「いろんなこと言うてくれんのええけどな、あて、悪いけど国宝でっせ」と返された。

 デビューした当時、父親はあまり理解してくれていないようだった。30~40歳になり、役者のほうで池畑慎之介という名前が確立してきたことから、熱海の家に来た時に「お前に継げ継げ言うのもなんやし、お前も自分でいろんなことやってきて1本立ちしてんねんから、もうええわ」と言われた。

 母親には「子供の頃から私は何でも話せた」。「信用してくれていて、何かをやると母に言うと、『それはあんたが思ったほうをやったほうがええの違う? 失敗して痛いのもあんたやし、成功して喜んでもらうのも自分やから、自分の思ったように生きていきなさい』と言ってくれた。父とは対照的。父は頭ごなしに反対したりするんだけれど、母はバックアップしてくれていました」と話した。

 24歳の時に米ニューヨークに行った。現地でブロードウェーのショーなどをたくさん見た。「芸能界を切り捨てようと思って(ニューヨークに)行ったのに、ショーなどを見ているとワクワクする」。帰国したら、自分の好きな仕事で芸能界をもう1回やろうと思い、芝居をした。役者は「自分から離れたものに飛んでいける、その気持ちよさというのかな、そういうのはすごくいいと思います」と語った。

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