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ドリアン助川さんの同名小説を、樹木希林さんを主演に迎え映画化した「あん」が30日から全国で公開される。「萌の朱雀」(1997年)や「2つ目の窓」(2014年)などで知られる河瀬直美監督が、初めて原作ものを映画化した作品で、永瀬正敏さん、市原悦子さんらが出演。樹木さんの実孫、内田伽羅さんが出演しているのも話題だ。一人の年老いた女性の姿を通じて、生きいくことの意味を問いかける感動作だ。
千太郎(永瀬さん)が店長をしているどら焼き屋「どら春」にある日、店先の求人募集の貼り紙を見て、一人の年老いた女性(樹木さん)が働かせてほしいとやって来る。一度は断った千太郎だったが、女性が置いていった粒あんを口にし、そのおいしさに驚き、女性を雇うことにする。その「徳江」と名乗る女性が作る粒あんは瞬く間に評判になり、閑古鳥が鳴いていた店はにぎわい始めるが……という展開。
徳江も千太郎も、図らずも、一生背負っていかなければいけないものができてしまったばかりに、千太郎は生きることに前向きになれず毎日をだらだらと過ごし、一方の徳江は、老いてもなお、「自由」を求めて生きようと努力する。徳江は、店にやって来る客の中学生たちに言う、「もっと自由にやればいい」と。背負ってきたものが重たいものだけに、そう語る徳江の姿には胸を締めつけられる。映画は後半、千太郎とワカナ(内田さん)とともに、私たちをある施設に“連れていく”。そのときの、世間から“隔絶”されたような森閑とした風景にがくぜんとさせられた。にもかかわらず、談笑し合っている入居者たち。その笑顔や胸の奥には、いくたびもの残酷な仕打ちや苦しんだ記憶がしまい込んであるのだろう。それを思い、一層胸が痛んだ。これまで他人事だと思い、当事者たちの心の痛みや叫びに耳を傾けてこなかったが、この映画はそのことに向き合わせてくれた。
それにしても、ゆっくりと時間をかけ、「おもてなしの心」で粒あんを作っていく徳江は本当に楽しそうだ。それまでよぼよぼとしていたのがうそのようにしゃっきりとし、小豆に触れるのがうれしくてたまらない様子が全身からにじみ出ている。樹木さんの演技力はさすがというほかない。30日から新宿武蔵野館(東京都新宿区)ほか全国で公開。(りんたいこ/フリーライター)
<プロフィル>
りん・たいこ=教育雑誌、編集プロダクションを経てフリーのライターに。映画にまつわる仕事を中心に活動中。大好きな映画はいまだに「ビッグ・ウェンズデー」(78年)と「恋におちて」(84年)。