映画「海よりもまだ深く」について語った阿部寛さん(左)と真木よう子さん
阿部寛さん主演の映画「海よりもまだ深く」が21日に公開された。メガホンをとったのは「海街diary」(2013年)、「そして父になる」(15年)などの作品で知られる是枝裕和監督。阿部さんは、過去の栄光にすがるあまり現実を直視できず、真木よう子さん演じる妻から離婚される売れない作家の“ダメ男”を演じている。自身と役どころを重ね合わせ、「自分にも思い当たることがあったりして、楽しくやらせていただきました」と語る阿部さんと、「本当に素晴らしい作品で、その映画に自分が出演していることがすごく光栄だなと思います」と話す真木さんが、作品を振り返った。
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◇「楽しくやらせていただいた」(阿部)
阿部さんが演じる篠田良多は、15年前に文学賞を一度とったきりの売れない作家。現在は「小説のための取材」と称して興信所で働いている。決して悪い人間ではないが、仕事の依頼人から受け取ったカネを、とっとと競輪につぎ込むほどのギャンブル好きで、真木さん演じる元妻の白石響子と暮らす11歳になる息子・真悟(吉澤太陽さん)の養育費も満足に払えない始末。時折、離れて暮らす団地住まいの母・篠田淑子(樹木希林さん)を訪ねるが、実はそれも“カネ目当て”という体たらくだ。
そんなダメダメな良多ではあるが、もともと是枝監督は脚本執筆段階から、この役には阿部さんを想定していたという。それについて阿部さんは「最初はちょっと、親の金をくすねようとしたりとか、本当にダメな感じ」には戸惑ったそうだが、「思い返してみると自分もそうだというところがほかにもあったり、もしくは、自分が真悟ぐらいの頃、周りにいたちょっとダメな大人たちというのは、本当にああいう人たちだったなと思い出したりして、楽しくやらせていただきました」と笑顔を見せる。
真悟に野球のスパイクを買ってやろうと“値引き交渉”する場面についても、「面白かった」という記者の感想にうなずきながら、「皆さん面白いということは、どこかにそういうところって、あるのかもしれないですね。ちょっとここに傷があるから、セールに出して、みたいな(笑い)。その延長みたいで、すごくなじめたんですけどね」と共感を示す。
◇「良多を嫌いになったわけじゃない」(真木)
一方、真木さんが演じる響子は、夫と別れ、女手一つで息子・真悟を育てようと奮闘している。真木さんは響子の心情を「決して、響子は良多のことを嫌いになったから別れたわけではなくて、せりふにもあるように、ただ、(良多が)家庭には向かなかったというだけで、やっぱり彼女(響子)には子供という守るものがあるから、そういう決断をせざるを得なかったんじゃないかなと思います」と分析する。とはいえ、演技と本音は別だといい、「家庭には向かなかった」男性に魅かれる響子の気持ちは、「分からない(笑い)」と首を傾げる。
◇息子に対するそれぞれの思い
今作では、息子・真悟の存在も大きい。阿部さんは「やっぱりいとおしい存在であって、彼がいるから、まだ響子とつながっているという思いが良多にはあって、ダメなんだけど、一生懸命、父親になろうというか、ふりをしようとしているというか……」とおもんぱかり、「子供といるときはむだにいろんなことをしゃべっているのが、この人は今、楽しいんだろうなとすごく温かい気持ちになって、実はすごく泣けたんです」と真悟に対する良多の気持ちを代弁する。
かたや真木さんは、言葉を選びながら「これからずっと真悟と生活を共にしていかなきゃいけないという、その大変さは絶対あったと思うんですよね。彼と歩んでいく人生、その先のことも考えないといけないし……」と複雑な心境をのぞかせながら、「母親としての覚悟はすごいと思うし、そのために(自分の)将来を選択する、その覚悟というのは女性らしいなとすごく思いましたね」と話す。
◇是枝作品「らしさ」と「新しさ」
是枝作品への出演は今回で4度目となる阿部さんと、2度目の真木さん。阿部さんは今作について、「是枝さんの作品の中で、お金を盗むようなことをするとは思わなかった」と苦笑まじりに意外性を指摘しながら、自身の小さい頃の記憶を手繰り寄せ、「僕にも心当たりがあるんですね、親戚のおじさんとか。自分が太陽君くらいの年齢のときに、ほかのことは忘れても、そういうおじさんたちと遊んだこととか、この人、またお酒を飲むんだろうな(笑い)という目線とか、そういうものがすごく鮮やかに思い出されて、それを、(演技を)やりながらも映画を見ながらも、こんなにも自分はそういうこと覚えていたんだなあと確認できたので、そのあたりに(是枝監督が)焦点を当ててくれたのはすごくうれしかったです」と充実感をにじませる。
真木さんも、「決して、自分が出ているからではない気がするんですけど……」と断りつつ、「是枝さんの作品って、言葉よりも表情とかだったり、日常のささいなことだったり、そういうところで思いを伝えるのがすごくお上手で、それは本当に是枝監督ならではだと思っているんですけれど、今回は、より、そういうことがすごく深く、笑ったりとか泣いたりとかできるし、共感もできるし、いろんなものが詰まっていて、その映画に自分が出演していることが、すごく光栄だなと思います」としみじみと語る。
真木さんによると、是枝監督は「監督が大切にしているシーンなんだろうな、というところは何回かテイクを重ねたりするんですが、ああしてくれ、こうしてくれと演出をするというよりは、このシーンどうしようか、みたいに相談して一緒に作品作りをする感覚に近い」という演出をするそうで、とはいえ、今回、真木さんから是枝監督に提案したことは特になく、「『そして父になる』のときは、監督はよく台本を変えてきたから、『なんでカットしちゃったの』ということがありましたけれど(笑い)、今回はなかったかな……」と語る。ちなみに、そのテイクを重ねたシーンは、台風が通り過ぎるまでの間、淑子の家で過ごすことになった良多と響子の寝室でのシーン。ぜひ注目してほしい。
◇「なりたい大人になれましたか」
是枝監督は脚本執筆の際、その冒頭に、「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない」と記したという。そこで、阿部さんと真木さんに、「なりたい大人になれましたか」とたずねると、真木さんは「なれました」と言い切り、阿部さんは、「小さい頃から思い描いていた人生ではないですけど、なりたかった大人に……そうですね、やりたいことができているので」と力強く答えた。映画は21日から全国で公開。
<阿部寛さんのプロフィル>
1964年生まれ、神奈川県出身。モデルを経て、87年に映画デビュー。主な映画作品に「トリック」リシーズ(2002年~)、「チーム・バチスタの栄光」(08年)、「天国からのエール」「麒麟の翼~劇場版・新参者~」(共に11年)、「テルマエ・ロマエ」(12年)、「柘榴坂の仇討」(14年)、「エヴェレスト 神々の山嶺」(16年)など。主演したテレビドラマ「下町ロケット」(15年)も話題を呼んだ。公開待機作に「恋妻家宮本」(17年)がある。是枝監督作品は、「歩いても 歩いても」(08年)、「奇跡」(11年)、テレビドラマ「ゴーイング マイ ホーム」(12年)に続き4度目の出演。
<真木よう子さんのプロフィル>
1982年生まれ、千葉県出身。2001年に女優デビュー。「ベロニカは死ぬことにした」(06年)で映画初主演。主な映画作品に「ゆれる」(06年)、「さよなら渓谷」(13年)、「脳内ポイズンベリー」「劇場版MOZU」(共に15年)など。テレビドラマに「SP(エスピー) 警視庁警備部警護課第四係」(07年)、「週刊真木よう子」(08年)、NHK大河ドラマ「龍馬伝」(10年)、「最高の離婚」(13年)、「問題のあるレストラン」(15年)など。是枝監督作品は福山雅治さんが主演した「そして父になる」(13年)に続き2度目。
(インタビュー・文・撮影/りんたいこ)
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