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水野梓:次の世代へバトンを渡すため「“わきまえない女”で居続けたい」 小説家デビュー3冊目は女性への応援歌

 昨年、デビューした作家・水野梓さん(48)。このほど3冊目の小説「彼女たちのいる風景」(講談社)を発売した。今年11月末まで日本テレビ報道局経済部のデスクを務め、報道番組のキャスターも担当。現在も同局国際部に勤務している。プライベートでは38歳で出産し、シングルマザーとして小学生の息子を育てている。水野さんに、仕事や子育てについて聞いた。

 ◇出勤前と休日に小説執筆 周囲の手を借りフル活動

 「午前7~9時が私のゴールデンタイム。いちばん頭が働くし、発想が湧く時間なのでなるべく小説を書くようにしています。夜ごはんはほとんどが切って、炒めて、混ぜるだけという市販品を使ったおかずとおみそ汁、ごはん。買った総菜をつけることもあります。会食や残業があるときは作り置きをしてシッターさんか、おばあちゃんに託します」

 平日は毎日午前6時に起床。「校庭で遊びたい」と午前7時には家を出る息子のために朝食を作り、出社までの時間を小説の執筆に充てている。

 出勤して仕事をし、帰宅後は、深夜0時ごろまで仕事や小説のアイデアをまとめる。土日も執筆の時間だ。息子は学童保育に通ったり、友達と遊びに行ったりし、時にはママ友が遠出させてくれることもあると感謝する。

 「周りに助けてと言えるようになったのは、子供が生まれて、シングルになって、自分が弱い立場になってから。それまでは仕事だって頑張る、妻として家庭のことも頑張ると、すべてのことにオールマイティーでいようと、がんじがらめになっていたんです。40代になって初めて『助けて』『もう無理』とSOSを出せるように。そうすることで周りの協力を得られるようになって、とても生きやすくなりました」

 息子との時間で大切にしているのは、就寝前に読み聞かせをしながらするスキンシップ。

 「息子の好きな小説を読み、息子をなでながら、合言葉を言い合うんです。『ママの宝物だよ』と言うと、『僕の宝物だよ』と返してくれます」

 ◇切迫早産、産休で生まれた作品 感じた壁がきっかけに

 そう笑顔で語る水野さんが今作の着想を得たのは、産休中。凜、響子、美華という38歳の同級生3人が「女」「妻」「母」という役割を負いながら闘い、生き抜いていく。

 フィクションながら、3人の女性には自身の体験を反映させた。乳がんで亡くなった友人、不妊治療での苦しみ、マミートラック(出世コースからの離脱)への不安、シングルマザーに社会から向けられる目……。

 きっかけとなったのは切迫早産での緊急入院。当時、チームのリーダーとして大きな仕事に臨む前日だったこともあり、医師に「翌日だけは仕事復帰したい」と直訴したが叱られた。約1カ月にわたった入院中に気づきがあったという。

 「子供を産むまでは男女の違いを感じたことはなかったんです。頑張れば自分も活躍できると思っていました。初めて壁にぶち当たったのが出産だったんです。

 早産止めの点滴を受けながら病院のベッドで寝ている間に、これまで男女平等とかしゃちほこばって考えていたけど、“すべての人が生きやすくなる”ことは必ずしも、等しく同じように扱ってもらうことではなく、差や違いを認め合い、それに合った形で扱ってもらうということなんだと気づきました」

 入院中はスマートフォンに作品のアイデアを録音した。出産し、10カ月の産休に入って3カ月ほどしたころ、今作の執筆に着手。産休の間に書き上げ、推敲を経て今秋、出版した。作品への思いをこう語る。

 「女性は結婚している人、いない人。子供がいる人、いない人。働いている人、いない人……と属性によって分断されがちですが、響子の目を通してシングルマザーの苦しさを、凜の目を通してがんと診断されたあとどう生きるかを、美華を通して仕事と子供の狭間(はざま)に揺れる女性の苦しさを疑似体験してもらい、それぞれを自分ごととして考えてもらえたら。そして、その考えが、社会を前に進めるための力になってくれたらと思っています」

 ◇次の世代、次の次の世代で社会を変えるために

 報道人として、作家として社会の課題に向き合う日々。その生活を軽々とやってのけているかと思いきや、「超つらいです! 睡眠時間の確保との闘いですし、息子は作文に『ママの口癖は早く、早くだ』と書いていました。毎日、言い続けているんだと思います」と笑う。男性は仕事、女性は家事・育児・介護という性別による役割分業の意識に悩まされることもある。

 「社会にあるパパとママと子供2人という“理想の幸せな家族像”にしばられ、どこか負い目や罪悪感を感じて生きています。これだけ仕事をしていても、私自身、ごはんを作るのは母親の私でなければいけない、学校の持ち物への名前付けは手縫いでやらなくてはいけない……という気持ちがあります。この意識が日本の社会がなかなか前に進まない原因ではないでしょうか」

 それでも「小説とテレビ、それぞれに良さが、持ち味があって、両方を手がけることが相乗効果を生んでいます。日々、記者として取材をして感じることが小説の人物造形に反映されている。つらくても両方を回すことで豊かな世界を描けるのではないか」と考えている。

 そして、「“わきまえない女”で居続けたい」と力を込める。

 「何歳になっても、わきまえずに、おかしいことはおかしいと、怒りや疑問を抱き続けていたいと考えていますし、20~30代の若い女性たちにも、ぜひそういう気概をもってほしい。もし、わきまえないことで、いじめられて倒れても大丈夫。また立ち上がれる、なんとかなります。

 私はロスジェネ世代。ツイていない世代でした。だからこそ、なんとかなると感じています。『彼女たちのいる風景』は、女性に対する『なんとかなる』という応援歌です。

 社会を変えていくためには、フィクション、テレビ、映画、いろんなものを見て、話を聞いて、さまざまな人の立場に立ってものを見る経験をたくさんする。すると人々の心の中が徐々に変わって、社会も変わっていくんじゃないかと期待して書き続けています。

 それに自分の世代で変えられなくても、次の世代、次の次の世代で変えられればいい。“たとえ自分に実利がなくても、次で変えられればいい”。そのバトンを送り続ければ、きっと社会は変わっていくんじゃないかな」

<プロフィル>

 みずの・あづさ 1974年8月15日生まれ。東京都出身。早稲田大学第一文学部、オレゴン大学ジャーナリズム学部卒業。警視庁や皇室などを取材、原子力・社会部デスクを経て、中国特派員、国際部デスク。ドキュメンタリー番組のディレクター・プロデューサー、夕方のニュース番組のデスク、系列の新聞社で医療部・社会保障部・教育部の編集委員を歴任。年内にはロンドン支局長として子連れで転勤する予定。小学生で小説家を志し、長年、短編、中編を書きためたという。昨年4月「蝶の眠る場所」(ポプラ社)でデビュー。今年5月に「名もなき子」(同)を発売した。

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