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8月15日放送の「徹子の部屋」に出演した森田富美子さん(左)と娘の森田京子さん=テレビ朝日提供
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8月15日放送の「徹子の部屋」に出演した森田富美子さん(左)と娘の森田京子さん=テレビ朝日提供

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森田富美子:長崎原爆被害者が語る体験 妹が「みんな死んだ、みんな死んだ」と飛びついてきた 両親や弟を奪われ 「徹子の部屋」で

 長崎原爆被害者の森田富美子さんが、、8月15日放送の黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演。1945(昭和20)年8月9日の長崎原爆で両親や弟を失った経験などを語った。

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 原爆投下翌日の10日に再会した14歳の妹が「みんな死んだ、みんな死んだ」と飛びついてきた。妹は、原爆が落ちてすぐ家に走って行ったところ、家族みんなが亡くなっているのを見ていた。

 妹が見た時、父親は玄関のほうでメガホンを持っており、生きている気がしたという。家の中に入ると、母親が1番下の小学1年の弟を抱いて亡くなっていた。茶の間では小学3年の弟が亡くなっていた。メガホンを持って立っている父親は少し生きているように思えたので、妹が「お父さん逃げよう」と声をかけた瞬間、男性が「お嬢ちゃん危ない」と言って手を引っ張り、電車通りの方に走ったらしい。妹が後ろを振り返ると、火がそこまで来ていたといい、その男性に助けてもらわなかったら妹も危なかった。

 妹から話を聞いたあと家に行くと、玄関の門柱辺りに父親が亡くなっていた。真っ黒に焼けていた。メガホンもあったと記憶している。母親と小学1年の弟は、真っ黒い小さな塊になっていた。茶の間には小学3年の弟がさらに小さな真っ黒の塊になっていた。

 そのあと、トタンか何かを引きずって持ってきて、どうやって運んだか思い出せないが、何とかそこに父親を寝かせ、母親と弟の塊を抱えてきて父親に添わせるように置いた。茶の間の弟もそうした。くすぶった木などをたくさん置いているうちに、ぼっと燃え始め、それできれいに骨になった。翌日みんなをお墓に連れて行って納めた。「泣くとか涙が出るとか全く。私は泣いた覚えがないんです」

 21歳で結婚したが、全くそのことには触れなかった。91歳まで原爆の話をしなかったし、妹と原爆の話をすることも全くなかった、と振り返った。

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