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3月25日放送の「徹子の部屋」に出演したアイナ・ジ・エンドさん=テレビ朝日提供
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3月25日放送の「徹子の部屋」に出演したアイナ・ジ・エンドさん=テレビ朝日提供

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アイナ・ジ・エンド:上京させたくない母親を説得した父親のひと言 苦労を親に言えなかった理由も 「徹子の部屋」で

 歌手のアイナ・ジ・エンドさんが、3月25日放送の黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演。31歳。両親の人となりをはじめ、感謝の気持ち、上京当時の様子などを語った。

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 「母はめっちゃ少女で、すっごいしゃべるんです。洗濯をしてる時も洗い物をしている時も全部即興の歌を作って(歌う)」。その母親は歌手を目指して頑張った時代があった。「夢がかなわなくて、大阪に帰って結婚して私を産んでくれたので、かなわなかった夢のかけらを娘に託すように、ダンスをずっと習わせてくれていたのだと思います」と話した。

 父親は「寡黙なカメラマン」。漆し塗りをしていたが、カメラマンになった。父親の「ちょっと言葉にできないようなアート寄りの感覚」と母親の「1人ラジオかというくらいしゃべる」明るさを、それぞれ受け継いだと思っている。

 幼少期は「活発」で、マンション3階くらいの高さの木登りもできる子どもだった。幼稚園の入園式の日、みんな座って先生の話を聞く中で、「私は暑くてその場で制服とかを脱いじゃって、『無理だ』って言って園庭を走り回った」と振り返った。落ち着きのなさを強みにしようと、母親はダンスを習わせた。ダンスは今も続けている。「二十何年、息をするように踊っている」ダンスは「衣食住と同じくらい大切」だ。

 歌手を目指して上京しようとしたが、母親は娘に大阪を離れてほしくなかった。大学に行ってほしい、安泰な人生を歩んでほしい、大学をちゃんと受けてほしいという希望があり、近畿大学を受験して合格。「お母さんは入学金も払って、上京なんてさせまいとしていたんですけれど、お父さんが『愛菜がやりたい言うんやったら、やらせなあかんわ』となり、行かせてくれました」

 上京して、中野駅の商店街入り口付近に座った。酔ってふらふらと家路につく仕事帰りのサラリーマンに「何か歌ってほしい曲とかないですか?」と声をかけ、リクエストをもらうと携帯で歌詞を調べて歌った。生活が苦しい時に、「安易にお母さんに東京でうまくいってないねんって言っちゃったら、心配して『はよ帰っておいで』となっちゃう」ので言えなかった。とはいえ、家に帰ろうかと「毎日思っていました」という。「大阪に帰って地元の友達と遊びたいなとか、歌手なんて目指すのをやめっちゃいたいなとか思ったこともたくさんありました」

 黒柳さんに促され、両親への感謝として、「パパ、ママ、私はもう立派な大人なんですけど、こうやってテレビでしゃべるたびにママは一人ラジオだとかパパは寡黙だとか、いじってごめんね。パパとママのことが大好きで、世界で一番尊敬しているから、私もパパとママみたいな人になりたいと心から頑張れます。ずっと長生きしてください。いつもありがとう」と語った。

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