冬のアイルランド・ダブリンを舞台に、失業中の時計職人の男性が青年と女性との出会いによって再生していくヒューマン作「ダブリンの時計職人」が公開中だ。主演のコルム・ミーニイさんは、テレビシリーズの「スター・トレック」や、公開中の「ワン チャンス」でポール・ポッツの父親役で出演しているベテラン俳優。アイルランドの失業率の高さを背景に、ドキュメンタリー出身のダラ・バーン監督が、ホームレスを取材した経験を基に製作した。2011年のブリュッセル映画祭で観客賞を受賞した作品。
ロンドンで失業したフレッド(ミーニイさん)は、故郷ダブリンに戻ったが、職と家を失って車上生活を余儀なくされている。住所不定を理由に公的保障も受けられず、絶望のふちにいる。だが、同じように車上生活する“隣人”の青年カハル(コリン・モーガンさん)によって、少しずつ前向きな気持ちになっていく。フレッドはスイミングプールで出会った未亡人のピアノ教師ジュールス(ミルカ・アフロスさん)に一目ぼれしてしまい、身分違いの恋をあきらめようとしていたが、カハルの応援を受けて恋にも前向きになる。一方、麻薬中毒だったカハルはトラブルに巻き込まれ……という展開。
何もない海岸沿いの駐車場に車がポツンとある。この風景だけでフレッドの心の寂しさを物語っている。フレッドはホームレスだ。毎日、ひげをそり、植物を育てている。その姿を見ているだけで、必死で日常を保っていることが想像できる。この映画は説明過多でない。ドラッグ中毒のカハル、フレッドの恋のお相手ジュールスにしてみても、それぞれの気持ちを想像しながら見進めることができる。2人もまた社会の片隅で、自分がどうしたらいいのか分からずに逡巡(しゅんじゅん)しているのだろう。フレッドは、カハルとの世代を超えた友情を、ジュールスと身分違いの恋を体験する。時計職人だったフレッドが、人とのふれあいによって自分の時間を取り戻していく過程が、アイルランドの人気俳優ミーニイさんによって悲哀とユーモアも交えて語られ、心にしみてくる。人が窮地に陥ったとき希望をもたらしてくれるのは、自分を保つことと人とのつながりであることがジンワリと伝わってくる。3月29日から新宿K’S Cinema(東京都新宿区)、渋谷アップリンク(東京都渋谷区)ほかで公開中。(キョーコ/フリーライター)
<プロフィル>
キョーコ=出版社・新聞社勤務後、闘病をきっかけに、単館映画館通いの20代を思い出して、映画を見まくろうと決心。映画紹介や人物インタビューを中心にライターとして活動中。趣味は散歩と街猫をなでること。