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NHK連続テレビ小説「あまちゃん」で主人公の父の若い頃を演じた森岡龍さんとCMの一寸法師でおなじみの前野朋哉さんが漫才コンビを演じる「エミアビのはじまりとはじまり」(渡辺謙作監督)が3日に公開される。相方を事故で失った芸人がどん底から再生していく物語。「舟を編む」(2013年)の渡辺監督がおかしみと悲しみを絶妙にブレンドしたヒューマンドラマを生み出した。
実道憲次(森岡さん)と海野一哉(前野さん)の人気急上昇中の漫才コンビは、実道はモテキャラ、海野は三枚目で売っていた。しかしある日、海野が自動車事故で亡くなる。実道はマネジャーの夏海(黒木華さん)とともに、海野の自動車に同乗していて亡くなった黒沢雛子(山地まりさん)の兄で元芸人の拓馬(新井浩文さん)に会いに行く。そこで、拓馬から「死ぬ気で笑わせろ」とむちゃぶりを要求された実道。拓馬は、実道と海野を引き合わせた過去があり、実道にとって恩人だった。お互いに大事な者を亡くした実道と森岡は……という展開。
漫才についての話でも、お笑い業界の裏側を見せるものでもない。笑えない状況に追い込まれた人々を描いている。相方を亡くした実道。妹を亡くした元芸人の拓馬。互いに「喪に服している」という状況だ。実道は拓馬に「死ぬ気で笑わせろ」と、容赦なく迫られる。近しい人の死に誰もが、「その死がうそだったらいいのに」と思ったことがあるだろう。そんな胸中が強烈な形で描かれる冒頭から、渡辺監督のオリジナリティーと演出のさえが見て取れる。追い込まれた実道のオドオド感は、相方がデートの帰りにワルにからまれたときのオドオド感にも通じ、脅迫されながら笑わせろという要求に応えようと必死になる者を見れば見るほど、哀れで仕方ない。
しかし、死んだ海野が遺した究極の芸がきっかけとなり、実道と拓馬が「跳ぼう」と決意するあたりから、映画のトーンが明るくなり始める。その後もまた「笑わせろ」と、今度は拓馬が追い詰められるのだが、ファンタジックでクスッと笑えるこのシーンには、死んだ海野の力が息づいていてすてきなシーンになっている。笑いには、ときに人間の持つ、もの悲しさが隠されている。そこに、泣ける笑いという深みも生まれる。大切な人の死をどう乗り越えるのか。笑いが「喪」から日常に戻る装置となり、おかしみと悲しみがシーソーゲームのような絶妙なバランスでつづられていく。なお、劇中のお笑いのネタは渡辺監督が台本を書いたそうだ。俳優陣が見事に演じていてとても楽しいシーンになっている。ヒューマントラストシネマ渋谷(東京都渋谷区)ほかで3日から公開。(キョーコ/フリーライター)
<プロフィル>
キョーコ=出版社・新聞社勤務後、映画紹介や人物インタビューを中心にライターとして活動中。趣味は散歩と街猫をなでること。目下の悩みは、視力が落ちたのに、鼻が利き過ぎること。