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第一線で活躍する著名人の「30歳のころ」から、生きるヒントを探します。今回は俳優の片桐はいりさん。当時の思い出や、30代をより輝かせるためのアドバイス、10月17日から上演される野外劇「嵐が丘」などについて聞きました。(全3回の1回目、編集・取材・文/NAOMI YUMIYAMA)
◇30歳を目前に急に焦りが 一人芝居で全国行脚
舞台を中心に映画やドラマで、唯一無二の存在感を発揮している片桐さん。19歳のとき劇団に所属してテレビやCMでも活躍していたが、30歳を目前にして気持ちに変化が生まれ、1994年に劇団を辞めて独立した。
「29歳になる時に、もう30歳になっちゃう!という焦りがでたんです。そんなとき、劇作家の岩松了さんに『一人芝居をしませんか』というオファーをいただきました。芝居の内容も、ちょうど30歳を目前にした女性のもんもんとした気持ちを描いた物語。当時は、“よし、30代だ!”という勢いがあったし、体力も有り余っていたので、決断できたのだと思います」
長年在籍した劇団を離れ、俳優として独り立ちをしたことは、片桐さんのその後の人生を大きく変えた。
「それまで俳優という仕事自体、『仮でやっているだけ』という気持ちでした。だから自分が俳優だという自覚もなかったと思います。でも、1~2年やったぐらいじゃ後々、やっていたと言えないと思って、19歳から10年続けたんです。俳優として働くぞ、と決めたのがこの頃でした」
演劇で全国を回る生活がスタートしたのは、31歳のとき。それから片桐さんの怒涛(どとう)の日々もはじまった。
「毎日公演をして、片付けて、次の日ほかの街に行く、という生活を2年間で全国150ステージやりました。メンバーが私含めてちょうど10人だったので、家族のようにワゴン車に乗って移動して。地方の豪華なホールにちょこんとお客さんがいて、見終わった後は、みんながちんぷんかんぷんという顔をして帰っていきました。
岩松さんの書いてくださった芝居が難しい内容だったので、誰もが楽しく笑えるような演劇じゃなかったんです。『もう助けてよ……』と思いながらやってましたけれど(笑い)、旅をしながら芝居をするのが楽しくて。でも、ときどき、手がブルブル震えることがありましたね。やはりどこかで緊張していたのかもしれません」
◇2人の天才に鍛えられ、俳優としてステップアップ
一人芝居が終わった後も、日本や海外を舞台で飛び回る生活は続いた。
「私の人生の演劇最盛期です」と振り返る片桐さん。俳優として成長を続ける中、2人の劇作家から大きな影響を受けた。劇団「大人計画」の松尾スズキさんと、一人芝居を書いてくれた岩松さんだ。
「松尾さんは、私の俳優としての可能性をすごく引き出してくれました。当時、演劇界では子供っぽい役や中性的な役が多くて、私もランドセルを背負って小学生の役をやったりしていたんです。そんな時代に松尾さんは、私に大人の役をやれって言って、ある作品では、セックスマシーンの役をあてがきしてくれて(笑い)。今も再演される松尾さんの名作に何本も出演できたことは、俳優としての財産です。
そして岩松さんが、稽古(けいこ)場でかけてくれた言葉も忘れられません。もっと良くなりたいと、もがいていた私に『とりあえず、自分の見た目と声だけ信じとけ!』と言ってくれた。いくら頑張ったって私は自分以外にはになれないし、顔や声は変えられない。だからもっと自分を信じろってことですかね。今も苦しいときに思い出す、大切な言葉です」
演劇と格闘していた時期に、「2人の天才に出会えたことは、本当にラッキーでした」と言って、片桐さんは続ける。
「30代はずっと走っていました。仕事も遊びも精力が尽き果てるまでやった。でもあの時がむしゃらにやらなかったら今の自分にはならなかったです」
今年は芸能生活40周年を迎える。俳優としてさらなる進化を続ける片桐さんに今後の抱負を尋ねると、「ないんです」とほほ笑んだ。
「これまでは、あれがしたいとかいろいろ言っていたんです。でも、先日あるテレビ番組で、暗闇の中で山を登る『闇歩き』を体験して、目の前の山が見えないことがこんなにラクなんだって思いました。普段は高いところを見すぎるから、『あそこまで登んなきゃいけないのか』とか、余計な労力が必要になるんだなって。でも、目標が見えなかったら、ただ歩けばいい。コロナ禍のように、これからも突然何が起こるかもわからない。それなら未来を考えて疲れるより、目の前にあることを一生懸命やろうと思ったんです」
<プロフィル>
かたぎり・はいり 1963年1月18日生まれ。東京都出身。大学在学中に映画館でもぎりのアルバイトをしながら、劇団で舞台デビュー。その後、CM、映画、テレビドラマと幅広く活躍。代表作に舞台「キレイ~神様と待ち合わせした女」「異邦人」、映画「かもめ食堂」「私をくいとめて」、ドラマ「あまちゃん」「富士ファミリー」など。エッセー「もぎりよ今夜も有難う」は、第82回キネマ旬報ベスト・テン読者賞を受賞。
*……野外劇「嵐が丘」▽作:エミリー・ブロンテ▽演出:小野寺修二▽訳:小野寺健▽上演:10月17~26日▽場所:GLOBAL RING THEATRE(池袋西口公園野外劇場)