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映画「予兆 散歩する侵略者 劇場版」に主演した夏帆さん(右)と黒沢清監督
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映画「予兆 散歩する侵略者 劇場版」に主演した夏帆さん(右)と黒沢清監督

夏帆:黒沢清監督と映画「予兆 」語る 「女性は強い」と実感

 映画「予兆 散歩する侵略者 劇場版」(黒沢清監督)が11日に公開された。演出家の前川知大さんによる人気舞台を映画化した「散歩する侵略者」のスピンオフで、不可解な出来事に巻き込まれていく女性を主人公に、侵略者がやって来たときに別の街では何が起きていたかというアナザーストーリーを描いている。主人公の山際悦子を演じた女優の夏帆さんと、本編に引き続きメガホンをとった黒沢監督に話を聞いた。

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 ◇悦子という特別な存在は互いの感覚で作り上げた

 夏帆さん演じる悦子は、一早く異変に気付き、しかも侵略者に対抗できる唯一の人物なのだが、黒沢監督は「一見、か弱き存在に見える悦子が、理由はよく分かりませんが、特別だったということがハッキリしてくる……ということがやりたかった」と意図を語る。ただ、「そう言われても(夏帆さんからすると)『どう演じればいいのか』という感じだったと思いますが、それを説明している(時間的)余裕が今回はまったくなく、なぜ特別な存在なのかという理由は(夏帆さんに)説明していません」と明かす。

 詳細を伝えずに撮影を進めた結果、黒沢監督は「深く考えずにどんどんいきましょうとやっていたら、その勢いもあったのか、ご本人もそれなりに計算もされていたのかもしれませんが、みるみるそうなっていった」と言い、「本当に見ていて、地球を救えるのはほぼこの人だけという感じになってくれたので、撮っていて大変感動しました」と笑顔を見せる。

 演じた夏帆さんは「黒沢監督の演出以外のことは何もしていないので、特別に何かということではないのですが……」と前置きし、「悦子の“特別な力”がなんなのかということは理屈で追求するのではなく、勢いじゃないですけど、突き進んでいく。(悦子の)“力”ってなんなんでしょう……。(私も)自分のことを100%分かっているわけではないので、すべてを理解するのはすごく難しい。世界観の中で成立していればいいのでは」と考えて演じたと語る。

 聞いていた黒沢監督は、「脚本の段階でもいくつか理由は思いつきましたが、どう言ってもうそっぽいな。と(笑い)」とフォローを入れ、「下手すると、東出(昌大)さん(演じる真壁)が宇宙人だという根本的な大うそが白々しくなってしまう。そっちの説明も何もしていないので、夏帆さん(演じる悦子)だけ科学者か何かが出てきてもっともらしく(説明)しても、余計、全体の“うそ感”があらわになるようなところもありまして」と苦笑いした後、「理由を説明してほしい(観客の)気持ちは分かりますが、演劇とかであれば理由はあまり気にせず、一つのフィクションとして(観客は)案外見ちゃうものなので、『なぜかそういう設定だけど、この先どうなるのか』だけで見てていけるだろうというのに少し甘えて、今回は説明はしませんでした」と意図を語る。

 黒沢監督の言葉に同意するように、夏帆さんは「悦子自身もどうして自分に力があって、侵略者が『特別な存在だ』と言ってくるのか分からない部分もあると思う。ただ悦子にとっては、世界を守るとか大きなことではなくて、(夫の)辰雄(染谷将太さん)だったり自分の日常を守るためには必要な力だったのだと思います」と分析し、「実際に今、世界が終わると言われても、どうしたらいいか分からない。自分に世界を救える力があると言われても、自分自身も世界という大きなものより、自分の近くにいる大事な人だったり、毎日当たり前のようにある日常を大事にしたいと思う悦子の気持ちには共感できます」とうなずく。

 ◇夏帆の女優としての反応の鋭さを黒沢監督が絶賛

 今作で黒沢組に初めて参加した夏帆さんは、「夢のような3週間でした。今、黒沢監督の話してる声を聞いて、『そうだ。こんな感じだった』って撮影してたときのことを思い出してました」と夏帆さんは切り出し、「今までに経験したことのない現場というか、うまく説明できないんですけど、ワンカットで撮っていくことが多くて、1回に懸ける感じがすごく心地よかったです」と振り返る。

 今回の撮影法について、黒沢監督は「いつもワンカット長く回して芝居を全部やってもらうのですが、今回は限られた予算の中で一つぜいたくしたのは、Bカメというカメラをもう1台用意しました。メインは一つですが、2台目がどこからか狙っていて、(何を狙うか)Bカメの人に任せるというやり方をして、結果としてものすごくうまくいったと自分では思っています」と自信をのぞかせる。

 その理由を、「夏帆さんは、とにかく反応が速いというか、全身で反応するんです。立ち上がるにしろ、誰かと話しているにせよ、ご自分で気付いているか分かりませんが、全身でものすごく鋭く、起こっていることに反応する」と黒沢監督は夏帆さんの演技について分析し、「こちらは狙ってはいないのですが、Bカメのカメラマンが気になって、夏帆さんの足など、ある部分を撮っていると反応している。カメラ1台だけでは撮り落とすところをBカメが撮っていて、映像を見ると、こんなところで反応してるんだ、と。意識していないと撮れない部分なので、2カメでやってよかった。本当に発見でしたし、すごい女優だなと思いました」と感心する。

 そんな黒沢監督の話を聞き、「緊張します」と恐縮する夏帆さんは、黒沢監督の印象を、「(撮影で会う前と比べて)いい意味で変わらないです。黒沢監督の作品をずっと見てきて、そういった意味でも変わらないですし、(作品の世界観と)一致しています」と言い、「現場に行ってみて、こうやって黒沢監督の世界観は作られているんだというのをすごく感じました。どうしよう……なんか緊張します」と笑う。

 夏帆さんは撮影現場でも緊張のしっぱなしだったというが、「緊張感がすごく心地よくて、こんなに充実感のある現場は本当に幸せでした。染谷くんも打ち上げのとき『こんなに楽しかったのは久しぶりかもしれない』と言っていて……」と笑みを浮かべ、「スタッフも役者もみんな一つのところに向かっていっている感じがして、すごく密度が濃くて疲れるんですけど、充実感に満たされて、ぐっすり眠れるみたいな(笑い)。そういう現場はなかなかないので驚きましたが、その場にいる全員が緊張感を持ってワンカットに懸けるという空間がすてきでした」と充実感をにじませた。

 ◇悦子が強い女性である理由とは…

 東出さんは映画版にも今作にも両方出演しており、見る側の想像をかき立ててくれる存在だが、配役について黒沢監督は「映画(「散歩する侵略者」)を撮っているときから狙っていたわけではないのですが、映画(の撮影)が終わり『予兆』の脚本を作っているときに、この宇宙人がもし東出さんだったら、さぞや面白いだろうし、いろいろ面白がる人も増えてくるだろう、と(笑い)」と思い付き、オファーしたことを明かす。多忙なスケジュールの中、東出さんの出演が可能になったと聞き、「これはしめしめと(笑い)。それぐらいを狙っただけですが、共通しているのは、彼は愛が分かっていない存在ということ」と説明する。

 今作では悦子が夫である辰雄を守ることになるのだが、「脚本家の高橋洋も含めて、物語的な美しさからいっても、日常感覚からいっても、女性の方が強い。あらゆる点で男性を上回っているという実感があるということで、狙ったわけではなく自然にそうなった」と黒沢監督は切り出し、「そのことが女性にとって、どれだけうれしいのか、迷惑なのか。逆に言うと、その分すごく責任を負わされ『予兆』の場合、思いっきり悦子は責任を負ってしまう。染谷くん(演じる辰雄)が情けないものですから(笑い)。それは男性側からの意見なのでしょうが、どう考えても女性の方が強いという実感から来ていて、物語も当然そうあるべきだろうという話で来ているんだと思います」と語る。

 女性の方が強いという話を聞いた夏帆さんは、「私は女性なので、男性陣にはもっとしっかりしてほしいなと思います(笑い)。そんなすべてを背負わされても……」と戸惑いつつも、「そんな辰雄だからこそ助けてあげたいと思うし、この人には私しかいないと思わせるものを辰雄は持っているのでは」と母性本能をくすぐられた様子で、「(悦子のような)強い女性には憧れます」とほほ笑む。

 すると黒沢監督は、「言い訳しておきますと、辰雄のダメさ加減と、悦子の『私がやる!』という感じは、まさに高橋洋のタッチ。僕はあそこまで責任を女性に押しつけるような脚本を書けません(笑い)。僕はもう少し対等、もうちょっと男も責任を負います」と弁解し、ちゃめっ気たっぷりに笑った。映画は11日から全国で公開中。

 <黒沢清監督のプロフィル>

 1955年7月19日生まれ、兵庫県出身。97年公開の「CURE」で注目を集め、海外映画祭からの招待が相次ぐ。98年の「ニンゲン合格」、99年の「大いなる幻影」「カリスマ」が国内外で高く評価され、2000年「回路」では第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。日本、オランダ、香港の合作映画「トウキョウソナタ」(08年)で第61回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」審査員賞と、第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞。また連続ドラマ「贖罪」(WOWOW)が第69回ベネチア国際映画祭「アウト・オブ・コンペティション部門」にテレビドラマとしては異例の出品を果たしたほか、多くの国際映画祭で上映された。最近の作品は「Seventh Code」(14年)、「岸辺の旅」(15年)、「クリーピー 偽りの隣人」(16年)など。

 <夏帆さんのプロフィル>

 1991年6月30日、東京都出身。CMやティーン誌のモデルとして活躍後、2004年のBS-TBS「ケータイ刑事 銭形零」シリーズや06年の映画「小さき勇者たち~ガメラ~」などに出演。07年には主演映画「天然コケッコー」での演技が評価され、日本アカデミー賞新人俳優賞や報知映画賞新人賞ほか多くの新人賞を受賞。最近の主な出演作は、映画「海街diary」(15年)、「ピンクとグレー」(16年)、「高台家の人々」(16年)、「22年目の告白 -私が殺人犯です-」(17年)などがある。放送中のドラマ「監獄のお姫さま」(TBS系)に出演しているほか、公開待機作に映画「伊藤くん A to E」(18年1月12日公開)を控えている。

 (取材・文・撮影:遠藤政樹)

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