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関西ローカルのバラエティー番組「八方・陣内・方正の黄金列伝!」に出演するデヴィ夫人(C)ytv
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関西ローカルのバラエティー番組「八方・陣内・方正の黄金列伝!」に出演するデヴィ夫人(C)ytv

デヴィ夫人:「108歳まで生きるつもりで何事にもチャレンジ」 貧困生活を脱したシンデレラストーリーが「黄金列伝」で明らかに

 タレントのデヴィ夫人(81)が、1月23日午後4時25分放送のバラエティー番組「八方・陣内・方正の黄金列伝!」(読売テレビ、関西ローカル)にゲスト出演する。貧困生活から大統領夫人になり、華やかなパリ社交界でも活躍した、デヴィ夫人のシンデレラストーリーを振り返る。MCはお笑い芸人の陣内智則さん、落語家の月亭八方さん、月亭方正さん。デヴィ夫人は「いまや人生100年時代。私は108歳まで生きるつもりで何事にもチャレンジします!」と堂々宣言する。

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 東京・麻布の大工の子として生まれ育ったデヴィ夫人。家庭は裕福ではなく、定時制の高校に通いながら保険会社に就職し、土日には喫茶店でアルバイトと、働きづめで家計を支えていた。

 貧困生活からの脱却を夢見て17歳のとき、東京・赤坂の超高級クラブで働くチャンスを得る。大卒者の月給が約1万円という時代に、一晩で同額を稼いだというその店は、成功した外国人たちのサロンとなっていた。19歳のとき、インドネシア建国の父・スカルノ大統領との運命の出会いが訪れる。

 友人と待ち合わせをしていた場所に、たまたま大統領一行が現れ見初められたというが、番組ではそのときの様子を告白する。

 3か月の文通を経てインドネシアへと移住し、その後正式に大統領の第3夫人に。しかし日本に残してきた母と弟が相次いで亡くなった。番組では当時の壮絶な状況を自身の口で語り、当時のVTRも公開する。

 26歳となった1965年には、軍事クーデターでスカルノ大統領が失脚。大統領の子を身ごもっていたデヴィ夫人は危険を避けて日本へ帰国した。出産後、フランスに亡命すると、育児と並行しつつ社交界で大活躍。アラン・ドロンやリンゴ・スターといった世界的スターとの交友録が明かされる。

 30歳のとき、スカルノ大統領が死去。またしても悲しみのどん底へ突き落されることとなり、当時の様子を娘・カリナさんが振り返る。

 その後、50代で出版した写真集が話題となり、世界的セレブとして日本のバラエティーでの露出が増えていく。テレビ番組出演の後押しとなったという友人・美川憲一さん、盟友ともいえるお笑い芸人・出川哲朗さんがデヴィ夫人のエピソードを語る。

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